2024.10 
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●2018年2月、当事者アンケート
 
患者会を設立するのと同時進行で、
友人の着床前診断(PGD=今のPGT-M)申請に向けて、
網膜芽細胞腫の患者本人とその家族(配偶者や両親)を対象にしたアンケート調査を行いました。
賛成か反対かと、その理由を自由記述で。
 
患者の声が一番というならば、集めればいい。
という単純な理由で、思いついて、治療で知り合った人たちに協力を呼びかけ、
趣旨に賛同できる人に任意で答えてもらいました。
 
今思うと、本当に手探りでよくやってたな、と自分たちで自分たちを褒めてあげたい笑
 
私が遺伝カウンセリングをしていた大学病院の医師は
「社会を動かすのは医者じゃなくて当事者の声」ということを繰り返していましたが、
確かにそれは本当で。
 
この、ただ同じ病気というだけで知り合った全国の患者本人やその配偶者、両親たちの言葉に、
私たちはその後、大きく大きく背中を押される形になりました。
ただただ感謝です。
 
 
当時の着床前診断の申請は、
 ①まず、実施施設となる病院内の倫理委員会で承認を受け、
 ②日本産科婦人科学会に申請し、
 ③着床前診断を審議する小委員会で審査され、
 ④その上部組織の倫理委員会を経て、
 ⑤理事会で承認される
 という流れでした。
 (2018年6月より、審査期間短縮のため、実施施設の倫理委より前に日産婦が一定の可否を審議する方式に変わりました)
 
私がかかっていた大学病院は、PGTーMの実績は多かったですが、
組織が大きい分、倫理委員会も多種多様な科の委員がおり、
日産婦が承認する可能性の低いRBの申請を院内倫理で通すのはかなり難しい状況でした。

申請手続きには様々な書類がいるようですが、
当事者や疾患専門医の話を聞く過程は通常はなく、
友人の方が先に申請ができる可能性が高くなったため、
それに合わせて患者会として生の声が委員会に届くよう、
補足資料をできるだけ集めて回った、という形になりました。
 
 
これだけやったんなら、もしかしたら通るかもしれない。
「次、これまでない疾患でPGT-Mが通るならRBだろう」という先生も多い。
 
一方で、これが非承認になったら、
それが「前例」となり、当面RBの承認は遠のく。
 
など、意見は様々。
 
私たちも、賛同してくれる患者や家族、医療者が意外と多くいるという事実に驚きながら、
反面、(直接否定されることはごく一部でしたが)反対の声、敬遠する声も入ってきました。
反対する人を否定する気もなければ、全員の賛同を得たいというわけでもない。
個人の倫理感の問題でもあるし、これはもう、どうしようもないことなんだろうなぁと思います。
ここから先は完全に患者会での動きになるのであまり触れません。
ご興味のある方はHP等をご参照ください。
 
 
●カウンセリングで大泣き
 
2018年3月、患者会が曲がりなりに一応形になった頃、
大学病院のカウンセリングに行きました。
 
主治医は、友人のPGTーM申請をなかなか厳しいスタンスで見ており、
「非承認になる可能性が高いのをわかっていて出すべきではない
 それでは後に続こうとする人たちの道を妨げることとになる」と考えておられましたが、
 
患者の私としてみたら、
それでも、出してみなければ分からない。
大学病院は院内倫理委すら通る見込みがないのだから、
いたずらに時間が過ぎるのを待つよりは、行動すべきだとも思っていました。
だからこそ、少しでも承認してもらえるように、やれることをやったつもりでいました。
 
病院同士、医師同士の複雑な事情や、PGT-Mをめぐるこれまでの歴史的な背景もあると思います。
でも、私たちは患者なので、そこまで気は配れません。
だからこそ、そういうしがらみを気にせずに訴えることもできると思っています。
(患者会とやらにもしがらみや事情は色々あるとも聞きますが笑、いやはや、難しい)
 
カウンセリングには長男も連れて行き、最初あれこれ話すうちはぐずっていたものの、
やがて寝てしまいました。
 
その日は、主治医の他に、もう一人先生が来てくれていて、
海外のPGTーMの現状などを話してくださったのですが。
 
が。
今回初めて会った先生は、私がPGTーMを申請するなら、それを後押しする意見書を頼もうと主治医が考えていたという偉い方。
イギリスを中心に、遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)や網膜芽細胞腫、家族性大腸ポリボーシス(FAP)などの遺伝性疾患が
PGTーMを受けられること。
一番多いのは、HBOC、続いてRB、FAPというような順でしたが、母数はそんなに多くないということ。
申請したうち、妊娠に至った数も全体の2割や3割くらいのレベルと、決して高くはないこと。
メモしていないので、数字等は間違っているかも知れませんが、そんなことをスライドを見ながら説明してくれて、
PGTーMをしても妊娠できるかわからない」と強調されました。
 
 
ただ、その統計の年次がかなり古かったように記憶していて、
2006年くらいまでの何年間、的なデータだったと思います。
 
「もう10年以上前のデータなら、今なら移植技術も進んでるだろうし、数も実績も増えていそうだなぁ」と感じたのと、
PGTーMが承認されて移植をしたカップルが、
初産か経産婦か、(妊孕性に影響するような)抗がん剤治療経験があるかないかなどの詳細が分からなかったので、
妊娠率の低さを悲観する気にはなれませんでした。
どうやらその先生はRBのPGTMに否定的なのではないか、と、話の端々から感じられていたのですが、
 
会話する中で、
「まぁ、今の時代、2人に1人がガンになる時代だから、そんなに必死に受けようとしなくても」
と、一言。
 
ぷっつーん。
疾患の知識も何も知らない一般の人に言われるなら我慢できる。
権威と言われる遺伝専門医が、患者を目の前にしてそれをいうか。
 
腹立たしさよりも悔しさから、気付いたら涙がポロポロ。
 
ガンになるという2人に1人は、みんな生まれる前にすでに発症してるんですか?
2人に1人はガンが遺伝しているんですか?
小児がんの子どもたちは、同い年の子たちが自宅や外で元気に過ごしている時に、強い薬や手術に耐えている。
それを身を引き裂かれる思いで見守る家族に、「2人に1人はガンになるから」と言えるのか。
 
お酒やたばこや生活習慣が原因で発症する、生活環境が起因する場合もある大人のガンや、
70歳や80歳になって、人生の半分以上を過ごした後の発症とは根本的に違います。
 

味方とは思わないけど、患者の理解者であるべき医師が軽々しく言ったことがショックで、

ひたすら号泣してしまいました。
 
それを見て、怒ったのは私の主治医。
もともと長い付き合いのようでしたが、そこからものすごい剣幕で言い合いの喧嘩となり、
思わず泣いていた私が止めに入るという。
 
なんかもう修羅場orz
 
結局、その先生はPGTーMに反対の考えを持つ立場の人だったんだろうな、という結論しかありません。
それでもあの物言いはないと思うけど。
 
 
●海外という選択肢
 
そんな幾度かの話し合いのなかで、
主治医の先生が勧めていたのが、「海外での着床前診断」という選択肢。
 
これ、実はどの医療関係者に聞いても、あっさり「うん、それが一番てっとり早いのでは?」と
言われる方法でした。
 
欧米やアジアなど、RBのPGT-Mを受けられる国はたくさんあるのだし、
「日本国内」で「学会」が禁止しているだけなのだから、
どうしても受けたいなら、海外にいけば普通に受けられる、というもの。
 
事実、無認可のNIPT施設ががごろごろネットに出てくるように、
PGT-A(以前のPGS=着床前スクリーニング)やPGT-Mを海外で受けられる、という
仲介業者のサイトは探せばいくつか見つかります。
早い話、金さえ積めばできる。
 
私の主治医は、そんな仲介業者に金を払う必要はなく、
本当に受けるなら、信頼できる医師のいる病院を紹介するから、といってくれていました。
 
ただ、その場合。
 ①PGTーMを申し込む前に一度渡航して受診。
  →採卵が必要なので、その排卵誘発は国内でできる。
 ②排卵日が決まったら渡航して採卵。
 ③夫が同行するか、事前に渡航して採精して凍結保存。
 ④うまく受精卵が胚盤胞に育ち、PGTーMで移植できる胚盤胞があれば、再び移植のタイミングで渡航。
と、少なくとも夫婦で4回は渡航・受診が必要になります。
 
しかもタイミングは排卵や移植のタイミング次第で、「はい、明日飛んで!」(笑)ということもある。
1回でうまくいかなければ、①~④を繰り返すことになり、
かつ、受精卵を保存しておくのは海外、ということになります。
 
医師はグローバルな活躍をする方が多く、そこまで躊躇しないのかも知れません。
我が家も、夫はそもそも月内に数カ所海外出張、みたいなこともザラで
私も海外旅行なんてできない!というタイプではないため、不可能ではないのですが、
両実家も遠く、長男がいて共働きの状態で、
「じゃあ海外で」という決断はなかなかできませんでした。
 
本当に切羽詰まっていたら、仕事辞めてでも、実家に長男を預けてでも踏み切ると思うのですが。
 
海外でのPGT-Mは確かに解決策としては簡単ではあるけれど、
資金的にも、言葉の壁や居住地などの条件的にも、全ての人が受けられるものではない。
「正攻法で日産婦にRBのPGT-Mを承認してほしい」と患者会を設立している中で、
いくら自分が30半ばにさしかかり、時間がないとしても、
それを安直に選んでいいのか、という葛藤もありました。
(これは別の道を選んだ今でも、相当のジレンマでもあります)
 
とりあえず、友人のPGD-M申請の結果を見守りつつ、
私はどういう選択をするにしても、
当時、抱えていた卵巣嚢腫の摘出手術をしてしまいたい、ということを主治医に告げ
大学病院で2018年7月に、腹腔鏡手術を受けました。
 
 
この頃、平行して患者会の活動が本格化します。
今振り返って、本当に2018年、さらにいえば2019年も、
人生を変える転機だった(継続中)なぁと思います。
そして肝に銘じたいのは、アクションあってのリアクション。
動かなければ、つかめない、届かないことがある、ということ。