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4、これまでの遺伝カウンセリングと着床前診断への取り組み
※アメンバー限定記事です
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●出生前診断と着床前診断の違い
あちこちで何度も誤解されて悲しくなるので、再度記載します。
私が長男を妊娠中に受けた羊水検査などの「出生前診断」は、
「妊娠中=出産前に胎児の染色体や遺伝子を調べる検査」です。
長男出産前より私が希望しているのは、「着床前診断」であり、
「着床前=体外受精した受精卵(胚盤胞)の染色体や遺伝子の異常を調べる検査」です。
【出生前診断の種類】
・非確定検査:クアトロテスト(母体血清マーカー)、NIPT(新型出生前診断)など
・確定検査:絨毛検査、羊水検査
通常、これらの検査のほとんどは、21トリソミー(ダウン症)や18トリソミーなど疾患を調べるために行われます。
RBの場合はNIPTなどでは検査できないため、羊水検査一発でした。
採取した羊水から胎児の遺伝子を培養し、その中の13番染色体にあるRB1遺伝子の配列が、
母親(患者)である私と同じ遺伝子変異を起こしているかを調べました。
その際に染色体検査も一緒に行うため、結果的にトリソミー(2本であるはずの染色体が3本ある)やモノソミー(染色体が1本しかない)などはない、ということも分かりました。
なお、普通の羊水検査などの実施施設では、いきなりRBの出生前診断はできません。
国内でできるところは、親の遺伝子検査などをした上で事前準備しても、かなり限られると思います。
そして、あまり言いたくはない事実ですが。
NIPTなどから確定検査を経て、疾患が分かった方々が出産を諦める率が高いという報道を目にしますが、
RBの遺伝が分かった次点で、同じく出産を諦めることは事実上、不可能ではありません。
私は、あくまでも、遺伝しているなら早めに覚悟をしたいという意志で受けたため、
そもそも「出産しない」という選択肢はありませんでした。
それは「自分や同じ疾患で生きている人を否定された気分になる」といった倫理的な理由というよりも、
「発症しても生存率は高い」「早期発見が視力/眼球の温存につながる(可能性が比較的高い)」
という、2点の事実からでした。
生まれてもまだ発症していないかもしれない。
両眼性は発症が早いものの、散発性では、生後数ヶ月で診断されることが多く、
遺伝がわかっており、新生児から治療すれば、早期発見ですぐ治療は終わるのでは。
という、根拠のない期待を持っていました。
実際は、
長男は胎内ですでに両眼とも黄斑部付近に発症があり、
生後10日から抗がん剤をしても、治療には2年かかり、
陽子線という道を選ばなければ、眼球摘出に至っていたと思います。
視力を温存できたかと問われたら、「かろうじて片方は多少見えている」という状態。
だからといって、産んだことを全く後悔はしていません。
でも、出産前にしていたつもりの「覚悟」は役に立たず、
治療中の自責の念、理不尽な現実への悔しさは、これまでの人生で経験した中で最もつらい出来事でした。
「私のせいで視力と可能性を奪った」「一生、がんにおびえて過ごさなくてはならない」
そして、若いころは思いもしませんでしたが、
私自身も治療後30年以上たった今になって、二次がんの恐怖におびえています。
長男も将来、結婚にあたり遺伝の問題や、大きくなってからも二次がんのリスクは免れません。
「私も同じ病気だけれど、毎日楽しく生きている、子どもも同じ病気でも、明るく強く育てるから大丈夫」
と、私は思えませんでした。
長男に弟妹がいたら楽しいな、と思います。
でも正直、もう二度と、
自分のせいで新生児に抗がん剤を点滴し、
毎月、全身麻酔の手術を繰り返し、
眼球と命を天秤にかけ、それでも視力が守れるか分からない。
そんな思いはしたくありません。
じゃあ。同じようにまた出生前診断をして、遺伝していたら諦める?
長男は産んだのに?それこそ欺瞞じゃないか。
次は遺伝していないかもしれない。
長男の時もそう思っていたけれど、
そんな確約なんて1つもない。ただの賭け。
他に方法がないなら、1人っ子でいい。
授からない方だっている。
そんなことも考えましたが、
RBをはじめ、遺伝性疾患(遺伝性乳がん卵巣がんや大腸性ポリポーシスなど)の着床前診断が、
海外のいくつかの国ですでに認められていること。
そして、現在少なくない方が不妊治療の過程で体外受精で子どもを出産しており
生殖医療の力を借りた着床前診断が、一般の常識からとんでもなくかけ離れたものではないということ。
それを知っている身としては、
やはり、それを希望してしまうのが、今の私の思いです。
【着床前診断の種類】
・PGTーA (受精卵の「染色体」異常を調べる検査、以前のPGS)
・PGTーM (受精卵の「単一遺伝子(RBの場合はRB1遺伝子)」変異を調べる検査、以前のPGD)
・PGTーSR(習慣性流産など、特定の染色体異常で妊娠に至らない患者のための検査)
などがあります。
日本では、現在、以下のような指針の下、着床前診断がすすめられています
1) 検査の対象となるのは、重篤な遺伝性疾患児を出産する可能性のある遺伝子変異ならびに染色体異常を保因する場合、および均衡型染色体構造異常に起因すると考えられる習慣流産(反復流産を含む)に限られる。遺伝性疾患の場合の適応の可否は、日本産科婦人科学会(以下本会)において審査される。(日本産科婦人科学会声明より)
私が望んでいたPGT-M(当時はPGDと呼ばれていた)は現在、
「重篤な遺伝性疾患児を出産する可能性のある遺伝子変異ならびに染色体異常を保因する場合」のみ、
日産婦に承認されたら認められる、という状態です。
しかし、この「重篤な遺伝病」とは、
事実上「成人するまでに生存が危ぶまれる疾患」=「20歳までに必ず死に至る重病」に限って認められる例がほとんど(筋ジストロフィーの一部の型など)で、
「RBが国内で認められるのはまだ先ではないか」という専門家がいる一方、
「次に認められるならRBかもしれない」という専門家もいて、
まだまだ道のりは長いなぁと、考えていました。
●2017年、PGT-Mの臨床研究申し込み
2017年5月。
長男の治療はちょうど、この頃。
陽子線が受けられるか、やはり摘出かという暗黒期(笑)
長男の羊水検査から遺伝子検査をしてくれた大学病院の主治医の元を夫婦で訪ね、
PGT-Mの臨床研究の申し込みをしました。
これは、「日産婦に申請するために準備をしましょう」
「もし通ったら、この病院で着床前診断をしてあげますよ」という申し込みです。
現在、PGT-Mを申請したことのある病院は全国でもごくわずかな施設しかなく、
私が受診した大学病院(主治医)は、その中でも最も実施件数の多い病院でした。
一方で、申請しても何年も待ったあげく非承認となったり、
同じ疾患でも、通る場合と通らない場合もあるなど、
一番患者に近い立場でもある主治医は、やはり多くの苦悩を抱えているようでした。
当時、日産婦へのPGT-M申請は、
実施施設(病院)の倫理委員会で承認された後、初めて学会に申請できる仕組みでした。
大学病院は専門の科も多く、倫理委も大規模で、
それを通過するのは簡単でありません。
ただでさえ、着床前診断は倫理の壁も厚く、
RBのPGT-Mの臨床申請を申し込んだからといって、
「はい、申請しますよ」とは当然いかず。
「今の日産婦の規定のまま、大学病院内の倫理委員会を通すのも正直難しい」と言われていました。
ただ待っていても、変わらない。
それならばと、主治医がカウンセリングでしてくれていた提案は、
・患者会などを作って、同じような遺伝性疾患が集まり、対象拡大を訴える活動する。
・複数の患者の体験記や本を作成し関係者に配る
・医者がどんなに日産婦に訴えても、患者の生の声以上に効果のあるものはない。
などといったものでした。
当時は、同じPGT-Mを求めて別の機関でカウンセリングをしていた友人のことも知らない時期。
「患者会といっても、1人の名ばかり患者会でいいんだろうか?」
「本を書けといわれても、本当に私以外に皆がおなじ方法を望んでいるのか」
「20年後に実現していたら」ではなく、「30代の私が後数年の出産可能な時期で実現するにはどうしたらいいか」
そういったことが分からず、
PGT-Mの実現には、積極的に働きかけても5年以上の年数は容易にかかるだろう、
というくらいの手応えでいました。