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3、長男の治療経過
これまでの過程はこちら
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●2週目外泊 発熱
土日は再び1泊のみの外泊。
再びスーパーの買い出しに勤しみました。
家で自由を謳歌していた長男。
夜中にグズグズ何度も起きるので熱を測ると38.1℃!!
ものすごい勢いでお茶を飲んだ後は、朝起きたら熱は下がって機嫌も悪くない。
大丈夫かなーとハラハラしながら日曜夜に病院に戻りました。
ひとまず熱のことを話して、カーテン隔離に。
またか(๑•́ ₃ •̀๑)エー
●10/25 鬼門の眼底検査
10回目。
月曜日は毎回眼底検査の日。7時から禁食。
それに加えて、咳と鼻が引かないので、一度レントゲンを撮りましょうということになり、朝一で鎮静なしのレントゲン、いい子にできました。
結果は異常なし。
その後、入浴後の点滴のルート確保で大泣き、その後にリハビリの先生がやって来て初めてのリハビリ。
といっても、これまでの発達の様子を聞かれたり、カーテン隔離+点滴もあるので、少しおもちゃで遊ぶくらい。
長男は運動の障害はないはずだし、リハビリなんて、と初めは恐縮していましたが、
とにかく歩きたい盛りなのに点滴などで思うように動けないことがストレスフルだったこの頃。
後々、リハビリの時間が本当に楽しみになりました。
そしてこの日の午前、
新しい学生さんもやってきてご挨拶。
忙しい午前中でした。
そのため、朝寝する時間もなく、12時から眼底検査のために鎮静開始。
この日から、ラボナという睡眠導入剤の量が倍になりました。
先生曰く「この量でもまだこの年の子が服用できる上限まではいっていない」とのこと。
そして眼底検査へ。
この眼底検査のための鎮静、実は少しストレスで。
国ガンの主治医の圧倒的な眼底検査の技術を、そこまで症例数を見ていない眼科に求めるのはお門違いと分かってはいるのですが。
事前に瞳孔を開く点眼をしておけばいいのに、それも鎮静をかけて眼科に移動した後にするので、
毎回眠った後に診察まですごく時間がかかり、その分その後の陽子線で覚醒する可能性が高い。
そしておそらくがっちり固定して開眼器で見るため、最初の鎮静だけでは絶対覚醒して、結局毎回ケタラール追加になりました。
その割に写真を使った説明どころか、下手したら診察結果すら尋ねないと言われないこともある。
国がんに比べて小児科のフォローは手厚かったですが、やはり眼科との連携には不十分さを感じました。
一長一短ですね。
そしてこの日もやはり眼底検査中に覚醒。
S先生が来てくれて、ケタラール、その後に再度ドルミカム(ミタゾラム)を追加したとのこと。
鎮静中はもれなくSpO2(動脈の酸素飽和度)を足につけているんですが、
この日、ひやっとするトラブルが起こりました。
眼科は外来棟なので病棟からかなり離れています。
眼科の診察室から出てくると、長男、手動のアンビューバッグ(手で押して酸素を送るあれです)をシューシューされていました。
「鎮静を強くすると鼻水が喉に落ち込んじゃって、酸素が下がっちゃうんだよね」とS先生。
追加で鎮静した場合は、呼吸管理のために必ず、病棟に戻るまで医師が付き添います。
このまま陽子線に、と長い廊下を歩いている途中、
再び長男が咳きこみはじめました。
ただでさえ鼻水をずるずる言わせていましたが、ドルミカムは投与すると鼻水や唾液など分泌物が増える副作用があるそうです。
鎮静が強いと、呼吸がうまくできなくなるため、むせて見る見る下がるSpO2。
私が見てる限り通常は98から100が正常値ですが、80まですーーっと下がりました。
当然、私の血の気も引きました。
ただの眼底検査なのに、なんでこんなことに!!!
体を横にしてトントンしても自力でうまく咳ができないため、どんどん下がるSpO2。
「あーまずいね」と、
S先生、突然猛烈な勢いでストレッチャーを押し始め、陽子線に行く途中にある小児科の外来診察室にストレッチャーごと突っ込んでいきました。
「ちょっとごめーん、サクション貸してー」と、吸引器で、喉に詰まった鼻水やら痰やらをずるずるーー。
何度か繰り返して、やっとSpO2も上がって来ました。
そして外来で待っている人たちの好奇の目!!
あー、なんか、すごい重症な子とその親だと思われてるんだろうなぁ、と、刺さる視線が辛かった。
普通の子からすればたしかに軽くはない疾患ですが、病棟には、本当にもっとシビアでギリギリの治療をしている子たちがいるのも知っているので、なんだかとても複雑でした。
ほんと、ただの眼底検査でなんでこんなことに!!
そのまま、陽子線チームの看護師さんが吸引器を握りしめ、みんなで心電図とSpO2を確認しながら、なんとか陽子線照射ができました。
これ以降、朝晩の喘息対策のメプチン吸入、カルボシステインなどのいわゆる風邪薬の服用に加え、サクションも追加。
陽子線に行くときは、小児科病棟の吸引器とアンビューバッグを積んで行く、という重装備体制となりました。
この日は覚醒後もフラッフラ。
ベッドの上で立ち上がっては転ぶの繰り返しで、どうやらドルミカムと相性が悪いのでは、という話に。
これまでも記録してないだけで、ケタラール+ドルミカムを使ってた日もあったと思うのですが、最初は薬の名前を把握してなかったので。
鎮静剤の追加、いつもけろっと起きるので、なんとなく大したことないと思っていましたが、やはりどの処置にもリスクは低くてもいろんな危険はある、と痛感。
ますます鎮静追加なしで済む照射方法をみんなで考えてくれるようになりました。
●11/25 最短記録更新
11回目。
この日、お休みだったパパは午前中か張り切って登場。
しかし、咳と鼻水でカーテン隔離に加え、鼻水は吸われるわ、緩みかけた点滴をがっつり固定し直されるわで、稀に見る機嫌の悪い長男。
昼寝もせず、リハビリも不発。
最終的にタブレットでの「いないいないばあ」鑑賞でなんとかしのぎました。
夫婦ともに午前中の時点で満身創痍でしたが、この日はラボナ倍増効果か、昼寝なしが奏功したか、13時の鎮静開始とともにあっさり入眠。
あれよあれよと言う間に、5分くらいで照射が終わりました!!
「最短記録更新ー!」とチームの皆さんと喜ぶ。
しかし。
15時半に覚醒の後、機嫌は再び急降下。
夫婦揃って手を焼いて、せめて、感染防止でカーテン隔離なら、誰もいない会議室などで短時間でも遊ばせてあげられないか、看護師さんにお願いしてみました。
すると。
「今、個室空いてるから、移る??」
と、神様のような看護師さんの声!!!
もっと隔離が必要な子がいたら戻りますから、とお礼を言って個室に移らせていただきました。
(24時間付き添いになるので、それはそれで大変なんだけど)
●付き添いながら考えたこと
この頃、折り返しが見えてきて、病院生活に慣れてきていたものの、やはり短期的にはどーーっと疲れることが多かったです。
でも、夫婦で付き添える時間があるのは相当恵まれた方で。
同室の子供たちは、大抵遠方からお母さんと二人できていて、外泊もできなかったり、お父さんは入院中一度来られたらいい方、みたいな感じでした。
そして、全身抗がん剤治療後は短期入院を繰り返す局所治療がメジャーなRBとは違い、
脳腫瘍や白血病、腎腫瘍など、家に帰れた期間が少ない子たちもたくさん。
自宅が近い子でも少し大きい子は、親が仕事復帰をしていて、毎日は来られない子もいて。
「○○ちゃんのおかあさーん!」「○○さーん(看護師さん)」と、寂しくて名前を呼び続ける子もいました。
有り難かったのは、ずっと付き添ってるお母さんたちが明るくていい人たちばかりだったこと。
国ガンでは閉まっていた(それが当たり前だけど)大部屋のベッドごとの仕切りのカーテンも、
カーテン隔離や何か処置をする時以外は、
「窓際じゃない子がかわいそう」と、オープンにしてることも多かったです。
なかなか親が来られない子も、他のお母さんたちが時々おしゃべりをしたり、医療行為以外の手伝い(DVDをベッドサイドから取ってあげる、とか)をしてあげることも頻繁にありました。
そんな中でぼんやり考えたのは、疾患本体じゃなくて、治療期間がもたらす子供たちへの精神的な影響のこと。
寂しい、ママに会いたい、この治療は痛いから嫌、など意思疎通ができる3、4歳の子たちは、自分が治療のために入院してることをびっくりするくらい分かっていました。
たまーに、子供達が見せる達観したような諦めたような大人びた顔をみて、
他の子がお母さんに食べさせてもらっている中、ベッドで一人正座して、黙々と夜ご飯を食べる子の背中をみて、
できるなら、抱きしめてあげたいなぁ、頑張ってるね、偉いねって、頭を撫でてあげたいなぁと、
こちらが辛くなったことも何度もありました。
(長男はそこまでの年齢ではなかったのであーうー言いながらゴロゴロしてただけですが)
病気はもしかしたら寛解するかもしれない。
後遺症もあるかもしれないけど、こんな小さな子たちが、ぐっと我慢して日々を過ごすことで、
大きくなった時に心に歪みのようなものが出ないのか。
各家庭の事情はどうしようもないし、私はその子たちをこの先見守ることもできない、何の責任も持たない身だけれど。
今も病棟で一緒だった子たちの顔が浮かびます。元気かなー?治ってるといいなーって。
ほんとに、誰が悪いわけでもないのにね。