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3、長男の治療経過

これまでの過程はこちら

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●7/25 赤くなってる?

 

7回目。

リズムがつかめたと思いきや。

朝ご飯メニューのルーティーンに飽きたのか、食いつきが悪かったり、

大部屋に戻ったものの、カーテン隔離が続いており、

個室と違って歩き回るスペースがなく、体力をもてあまし気味。

 

昨日と同じスケジュールで、と挑戦しましたが、

13時の鎮静時に大泣き。

15分後に眠りはするものの、

照射台に乗せてさあ照射、というギリギリのところで覚醒し、

ケタラール追加となりました。

 

 

この日、陽子線を引き受けてくれた主治医のN先生に、

私の遺伝子検査と長男の胎児期の羊水検査からの遺伝子検査結果を渡しました。

超究極の個人情報、ほいほい渡すべきものではありませんが、

N先生は、いわば陽子線の道を開いてくれた恩人でもあり。

 

そして、これは素人考えなのでどこまで実現可能か分からないけど、

「どこかで学会発表してくれないかな」とも思っていました。

当時は、学会の種類もなにも知りませんでしたが、

「RBで眼球温存のために陽子線を照射した例が国内でもありますよ」と。

親という目線を外して、客観的には、結果はどうあれそれを広めて欲しいと思いました。

 

仮に長男の予後が良ければ、X線より低侵襲な治療法として、他にも受けられる子がでてくるかもしれない。

仮に、今後の結果が芳しくなければ、「やはり温存照射には眼球固定が必要だ」と医療者に思ってもらえるかもしれない。


そして、親子間遺伝の患者がいること、出産前に遺伝が分かった上で、産んで、

治療している例があることも知って欲しかった。

 


そのために私や長男のデータが活用されるのであれば、何でも協力したいと、今も思っています。

 

 


話はそれましたが。

 

毎日会えるわけではないN先生。

7回照射後の長男をみて一言、「赤くなってきたね」と。

 

照射している右目の横の皮膚が赤くなってきた、と仰っていたのですが、

私は「そう、ですか??」と聞き返すくらい何も見えず。

とはいえ、予防するに越したことはないと、アズノール(弱めの抗炎症剤)で様子見になりました。

 


ちなみに、主治医のN先生の他、

日々の担当医はABRをやってくれたS先生と喘息を指摘してくれたO先生、

それに大学院生?のH先生の4人体制でした。


普段の体調管理や鎮静の調整などはほぼ、S先生かO先生が診てくれていました。

2人ともとても親身になって細かい気配りをしていただきましたが、
特にS先生は、何度かの危うい場面でもしっかり対応してもらって、精神的に頼ることが多かったです。

 

 


●8/25 魔法の手

 

8回目。

この日のメモを見て今これを書いている私、どん引き(笑)


7時半くらいからの朝ごはん、

パン、チーズ。ミニトマト、しらすと豆腐のスープ、バナナ、ヨーグルト。



 食べすぎぃ|д꒪ͧ)…

しらすは小さなパックのものを、豆腐は30g位の小分けのものを持ち込んでいた模様(笑)


2歳8カ月になる今は、朝なんてパンとバナナとヨーグルトくらいなのに。

 

この日も、10時過ぎから20分の朝寝。

学生さんも慣れてきて、たくさん遊んでくれました。



週後半になり、点滴保持も危うくなってきて、閉塞してアラームがしょっちゅう鳴る鳴る。

包帯の下は出血もしていて、大丈夫かなーと思いましたが、血は止まっていて、抜くほどではないと様子見。

 


予定通り13時より鎮静を始め、陽子線の部屋に移動まではうまくいったものの、

照射台に乗せると覚醒→看護師さんにトントンと寝かしつけてもらい再入眠→マスク装着時に覚醒→トントン


と、わずかな刺激で何度も起きかけます。

あーだめかな、と、後ろで見てる私が思うほど。

 


これを繰り返し、「だめだー」となると、ケタラール追加のために、担当医がPHSで呼ばれるのですが、

この日は違いました。

 


当時、陽子線照射は、2人の看護師さん、2~4人くらいの放射線技師さんがチームになって対応してくれていました。

うち、看護師さん2人と、メインとなる技師さん2人くらいは、ほぼ毎回同じメンバー。

看護師さんのうち1人は、少し前まで小児科にいたフランクできびきびした看護師さん、

もう1人も子どもの扱いが本当に上手で優しい看護師さんでした。

 

他の陽子線の子のお母さんと話していても名前が出たので、

おそらく小児の対応を優先するチームだったんだと思います。

 

病棟の看護師さんたちももちろんですが、

この、陽子線チームの看護師さん2人に、本当に毎日助けられました。



ギリギリの鎮静量だと覚醒したりしなかったりで、

台に寝かせる看護師さんも、マスクを付ける技師さんも、

毎回、本当にそーーっとそーっと、気を遣いながら最善の注意を払って対応してくれていました。

 


手っ取り早く照射するには、鎮静剤を増やして、絶対起きないようにすればいいわけで。

実際ケタラールを追加したらあっという間に照射できます。


でも、結局25回全ての照射で、眼底検査やMRIなど特別な事情がない限り、

最低限の投薬で済むよう、いろんな方法を一緒に考えてくれました。

 


マスク装着後、台の横のモニター室で微調整が終わると、

全員部屋から出て、外のモニター室に移り、

起きないように、と全員でモニターの長男を見つめます。



マスク装着後からの時間は数分~10分くらい。

その間に、

今日の長男の体調や機嫌、何時にどの位昼寝をしたかなどの世間話をしながら、

照射のために最適な薬の量やタイミングを一緒に考えてくれました。

 




この日は、何度もモロー反射のようにぴくぴくっと起きそうになる長男を

台の上でひたすら、看護師さんがトントン、トントンと、諦めずに何度も落ち着かせてくれて、

入室から約30分かけて、鎮静追加なしで照射できました。

 



「あーあのトントンは、『お母さん』の手だなぁ」



と、ぼーっと見てるだけしかできない、お母さん本人(私のことですよ)が思ってしまうくらい、

優しい優しい、魔法の手。



見ているだけで彼女の心の温かさが伝わってくるその手に、どれだけ救われたか。

陽子線の部屋で、一番印象に残っています。

 


そしてどうやら、成長期のせいか、なんだかんだ3食食べ続けているせいか、

マスクがキツくなっているのが覚醒をさそっているのでは、と技師さんの見解(確かに食べ過ぎ)。


別に食事を制限する必要はないとのことで、

しっかり食事を取れているならと、点滴の流量を30ml/h→15ml/hに減らすことになりました。


24時間で、720ml流していた計算なので、

確かに朝起きると顔がむくんでいることはよくありました。

詰まらないギリギリの量まで減らした、というかんじ。

 

 


●9/25 3度目の正直

 

9回目。2週目の金曜日。

この日から、やっとカーテン隔離から開放され、プレイルームで遊べるように。

一番開放されたのは私(笑)

 

 


この日の午前で学生さんとはお別れ。

いつものスケジュールで陽子線部屋まで行ったものの、

やはりこの日も台に乗せた後に3回覚醒。

 

昨日より難しそう、と、この日は諦めて鎮静追加のために担当医に電話をかける看護師さん。



しかし、S先生もO先生もつかまらず、H先生が来ることに、などと1人がバタバタ連絡している間、

一度長男を抱っこして落ち着かせていた看護師さん、黙々と再入眠に挑戦。

 


そしてなんと!

10分ほどして、急いでH先生が来てくれた頃、台の上でスヤスヤ、マスクを装着される長男(笑)



なんとか、追加なしで照射できてしまいました。

 


 

でもやはり、ここ数日手こずったため、色々作戦を立て直すことに。


まずは服薬の薬の量を見直すことになりました。

 


そして、成長はもちろん止められるものではないし、よく食べるのは絶対にいいことだから制限する必要もないと。

代わりに、風邪や熱でベッドの上生活が続いていたため、翌週から運動不足解消がてらリハビリの先生に来てもらうことになりました。


 

確かに、13時15分くらいに入眠し、この日も、照射直後の14時半前には起きた長男。


1カ月くらいの短期で慣れることはあまりない鎮静剤とは聞いていましたが、

覚醒がとにかく早くなっていました。


15時にはお昼ご飯をぱくぱく。

1週間ぼろぼろになりながらなんとか耐えてく! れた点滴は16時前には抜けました。

(だからこの日の照射後の寝顔写真はなく、夜にそれっぽく撮影してますw)

 


この週で25回のうち約2/5が終了。

一応大きなトラブルなく、折り返しが見えてきました。