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3、長男の治療経過

これまでの過程はこちら

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●1週目外泊

国がんは、場合によっては複数日の外泊が可能でしたが、筑波大病院は1泊のみ。


そして、移動は基本車のみ。公共交通機関はNG。外出も基本はNGで自宅で過ごすように言われました。
遠方からの治療で近くにマンションなどを借りて自宅に帰らない人は、

病院周辺で遊んだりしていたようなので、努力義務なのかも。

土曜、帰ってからすぐお昼だと私が疲れるので(笑)病院食をお願いし、
昼過ぎに夫が高速を飛ばして迎えに来てくれ、帰宅。
普段土日はほぼ仕事の夫ですが、この期間は夜から仕事、とか、
何かと都合をつけて土日送迎を全部引き受けてくれました。

 


病棟内に借りていた付き添い用の部屋は、発熱で個室となってから一度荷物を引き払っていました。

 

病院側の配慮で有り難かったのは、その間部屋代(一日1500円)も、宿泊日数のカウントもしないでいてくれたこと。
病棟内の部屋は約1カ月しかいられないので、途中からホテルかウィークリーマンション暮らしかなと思っていましたが、
事実上、他の方には貸せないであろう外泊日や個室付き添い日を日数から省いてくれたことで、
結果的にぎりぎり、別の宿を探さずに済みました。

 


歩きたい盛りなのに、点滴に繋がれ個室隔離の可愛い息子のため、

Amazonプライムが捗る捗る!!(笑)

アンパンマンの紐通しやら、ことば図鑑を買い込み、日曜日に受け取りました。

 

日曜は家で自由を謳歌して、17時ごろ早めの夜ご飯の後、20時前に病棟へ。

すると

「明日朝から聴力検査があるので鎮静をします。朝は食べないように」

とのこと。

 

 

夕方まで食べられないと丸一日食べられないなぁと思い、

21時ごろ試しにパンやチーズを与えてみたところ、食べたので(笑)、

軽いお夜食後に就寝しました。

 

 



紐通しは投げられるのでほぼ紐通されっぱなし。

 

●5/25 ABRと眼底検査

 

 

陽子線5日目。

朝9時過ぎから、ABR(聴性脳幹反応検査)のため、いつものメニューの鎮静をかけましたが、

朝起きてすぐということもあり、ケタラール10ml追加。

 

 

私、この検査について事前に何も聞かされておらず。

「耳の検査をするのか」くらいでした。

 

ABRは新生児などに完全な鎮静下で音を聞かせ、脳の反応で聞こえているかを確かめる検査です。

生まれてすぐに行う新生児聴覚スクリーニングなどの検査で引っかかった子が受けたりするもののようです。

 

網膜芽細胞腫の全身化学療法(再発や転移前)で多く使われる抗がん剤(VEC)のうち、

カルボプラチンがプラチナ(白金)系の抗がん剤のため

副作用に高音域が聞き取りにくくなる難聴の症状があるそうです。

 

長男は2クールのみで、かつ1クール目のCは新生児だったため1/3量でした。

そんなわずかな投与でも症状がでることもあるのだろうか、とこわごわ検査へ。

 


暗い部屋に長男を寝かせ、鎮静中の呼吸管理のため、担当医のS先生が同席。

私は退出かなと思いきや、「横についててもらっていいですよー」とのこと。

 

部屋を暗くして検査を開始。

 

そして。

 

 


………。

 

 


…………。

 

 


……………。

 

 

 

え、長くね?

 

と思わずS先生の顔を見ると、無言で「しーーっ」とされました。

 

 

ほぼ同年代の気さくな女医さんのS先生。

黙ったまま、自分の時計の文字盤「11」を指差す。

 

 

え、今まだ10時前ですけど。

 

と焦る私。

 

 

朝ごはん、食べてない。お腹なるでしょ。

 

くしゃみ出たらどうしよう。

トイレ行きたくなったら?

 

としばらくパニック。

 

 

パニックを察するも平然と長男の寝顔を見守り続けるS先生。

途中から私も、無心になることを決意。

 

 

ほんっとに、入院の中でもかなり上位に入るほど辛かった!!!(笑)

 

 

 

終わった途端、「ごめんごめん、長いよって聞いてなかった?」

とS先生に謝られました。



後ほど聞いた検査結果は異常なしで、一安心。

その後検査はしていませんが、今のところ聞こえにくそうと感じたことはありません。


 


 

この日、本来は13時から眼底検査、13時45分から陽子線の予定でした。

 

さすがに9時過ぎからの鎮静だったため、

間に一度起きて、仕方なく再び強制的に鎮静かなーと、

前の週でペースがつかめていただけに残念に思っていると、

 

「間空いちゃうね!」と、

病棟の看護師さんが陽子線担当に連絡してくれました。

「この時間に空いてるらしいから行っちゃおう!」と、

他の人の治療の隙間をぬって、11時代にサクッと滑り込ませてくれました。

 

 

当時、長男の負担を減らせるように減らせるようにとばかり考えていた私にとって、

この看護師さんの小さな機転と

それに応えてくれる陽子線チームの皆さんの心遣いが本当に嬉しかったです。

 

 

結局13時の眼底検査で覚醒してしまい、鎮静剤は再追加になりましたが、

陽子線はもう終わってる!というだけで心が軽かったです。

 


眼底検査の最中は同席できず。

左は先週と変化なし、治療中の右も落ち着いているように見える、と、

眼科の待合室で出てきた先生にサラッと言われて、ひとまずこちらも安心。

 


 

そして、この日の回診で、

「ちょっとゼーゼーしてるね」といわれます。

前週の風邪は治りかけていましたが、朝晩のメプチンの吸入開始。

「この時期はゼーゼーしやすい子が多いよ」と担当医のO先生には言われたのですが、

当時は、「大げさだなぁ」と思っていました(失礼すぎる)。

やはり間違っていなかったんだなぁ(当たり前)と。



 

 

 

●6/25 学生さんと遊ぶ

 

6日目。

この日から金曜までの4日間、近くの大学の看護学生が研修に。

引率の先生が丁寧にお願いしにこられましたが、快諾しました。

 

RBで陽子線の子は(眼窩照射でも)、RBの中でもさらに限られるし、

さらに温存照射だし、状況の説明はややこしくはありましたが、

日常管理は点滴と吸入くらいで、あまりすることがなかったのですが。

 

まじめそうな優しい学生さんで、個室で24時間付き添いが続いていた私も、

会話をして気分転換させてもらいました。

 

陽子線以外の検査がないこの日。先週のおさらいに挑戦。

9時代にお風呂、10時代に15分お昼寝。

13時より鎮静開始で、13時15~20分ごろ入眠。

13時40分にストレッチャーに乗せて陽子線へ。

 

この日はこれが奏功して、鎮静剤追加なしの15分で終了。

陽子線の部屋を出る頃には覚醒。

14時半にはBFやらヨーグルトやらををもりもり。

再びお昼寝の後、夕飯の病院食ももりもり。

 

照射前半の中では、理想的な1日でした。

 

そして、どうやら記録によるとこの日に個室から大部屋へ戻れた、ぽい。

全入院中、何度か個室行きとなりましたが、

やはり、自由ではあるけれど、他の子ども達やお母さんと話せる大部屋の方が楽しかったです。

入院中、不安ではあるものの、ひとまず治療しているという安心感。

子ども達は覚えてないだろうけれど、本当に不思議な期間でした。