母が亡くなって
生活の中心が仕事になりました。
自分にとっての仕事とは
どんなにささやかであっても
社会に貢献できる歓びを得ることが
第一に優先されることで。
もはや何も持たない自分が
ありのままの自分として
社会と関わるだけで
こんなにも人の心を動かせるものかと
少しばかり驚きながら
この4月から役職に就いて
充実した毎日を過ごしています。
さて、1月のとある朝、
久しぶりに訪れた長崎の街を
少し歩いてみることにしました。
街のそこかしこに
ちょっと覗いてみたくなるような
素敵な場所がある長崎は
何度訪れてもなぜか今の自分を
とても愛おしく感じさせてくれます。
カトリック中町教会
3年前のお釈迦さまの誕生日に
洗礼を受けたことのは。
自由な魂はいつも
この世に境界線など存在しないことを
僕に教えてくれます。
昨年は深く降りた谷底で
あらゆる感情を味わい尽くしました。
職場から一歩足を踏み出した途端に
わけもなく涙が止まらなくなることも
幾度となくありました。
一方でそれを冷静に
俯瞰している自分もいて、
今思うと自分を見つめ直す
大切な時間だったように思います。
そうして次第に
こんな想いに至るようになりました。
一時の自分の感情など
取るに足らない瑣末なもの。
自分の噐が公の心で満ちたとき、
人は神の子となって
自ずと道は指し示される。
立ち止まってしまったら
もはや動き出せなくなりそうで
昨年の4月から勉強を始めて
ひとつ資格を取って。
今ではのべ300名の前で
平然と研修の講師をしているのですから
人生って不思議なものですよね。
あの日、
天上から聴こえた
“Overjoyed”。
舟を降りた先にある魂の住み処も
今はより身近に感じるようになりました。
聖フィリッポ教会
自分にとっての教会とは
ありのままの自分と
真正面から向き合える
魂の学び舎のようなところで。
母の手のぬくもりから
しばし離れて
右も左もわからない世界に飛び込んだ
あの入学したての教室のような
懐かしい手触りを
僕に鮮明に思い出させてくれます。
聖歌とパイプオルガンの響きが好き。
ロザリオや神父のスータンも好き。
それに葡萄酒も好き(笑)
けれど、かつてはそこにあった
過去生で抱いた
使命のようなシンパシーは
もはやどこにもありませんでした。
天上より次から
次へと舞い降りてくる
贈り物の紐を解きながら。
最近は休日にのんびりと
自分のための料理を作ることに
ささやかな幸せを感じています。(*´︶`*)
皆さまも優しい時間をお過ごしください。
Bialystocks / 差し色







