9月17日、
台風14号が西日本を横断する中、
高速道路をひた走り、
翌早朝、僕は実に3年ぶりに
愛媛県石鎚山の麓に立っていました。
西日本最高峰にして日本七霊山のひとつです。
奥宮のある山頂へは
このご神門がスタート地点です。
成就社で登山の無事を願って、
いざ!!( ・`ω・´)v
久しぶりの石鎚山登拝が始まりました。
コロナ禍で何度も計画変更を
余儀なくされた石鎚山。
それでも今年、僕がどうしても
登りたかったのには訳がありました。
それはちょうど4年前。
石鎚大神は僕に
こんなことを仰ってくださいました。
… 優しさを貫くこともまた
とてつもなく大きな「力」になるのだ
ということを覚えておきなさい。
そうして僕に分厚い雲の隙間から
太陽を見せてくださいました。
(『太陽』2017.11.14)
人を思いやる優しい気持ちには
人の心を動かす「力」があって、
それは「強さ」なんだよ。
そしてその「強さ」はお前の中にあるんだよ。
そう教えてくださっていたのです。
それからの僕は
時に見えない存在から助言をいただきながら
その教えをまさに自らの人生で
体現すべく生きてきました。
仕事においても
友人関係においても
母の介護においても
また父との関係性においても。
もちろん受け入れられないものまで
許容するほどお人好しではありませんが、
自分にとって本当に大切なことにだけは
優しさを貫くことを是としてきました。
大きな時代の転換期に
室生龍穴神社の龍神さまから
いただいた言葉、“タフであれ!”。
(『龍神に抱かれる 〜室生龍穴神社』2020.6.5)
その言葉の意図するところが
自らの“天の岩戸開き”だと確信できたのも、
石鎚大神があの分厚い雲間から
僕に見せてくださった太陽があったからで。
その方法を霊山からレイキを送る
“日月神事”としたことも、
意味のないように思えることも
自分なりの優しさを貫いてみることで
開く扉があることに気付いたからでした。
(『感謝!! 〜ことのはの遠隔レイキ・完』2020.8.10)
そうして天の岩戸を開き
内なる真心を表に顕した先にこそ、
三方良し(自分良し・相手良し・社会良し)の
道が開かれていることを知りました。
この時の僕はまさにその先の道へと
一歩踏み出さんとしていました。
ところで霊山では
登りは思いの丈を存分にお話しし、
山頂で大神からお言葉や智慧を授かって、
下りでは御眷属がその理解を深める
手助けをしてくださいます。
ですから僕はこの3年の歩みを
事細かにお話ししながら一心に登りました。
六根清浄とはよく言ったもので、
山を登るうち
どんどん我欲が削ぎ落とされていって、
ご報告するあれこれの裏側にある
自分のピュアな想いに
自身が気付かされることもしばしばです。
人生には誰しも一筋の大きな流れがあって
僕の人生の物語にとっては
石鎚大神との出逢いと語らいは
生まれる前から決まっていた必然と
言わざるを得ないように感じます。
台風一過のこの日、
4年前と同じく石鎚山には
分厚い雲と霧がかかって
霊山たる精妙さに満ち満ちていました。
多くの登山者が鎖場を登っていきます。
どうやら修験の道は前世ですでに
修めたっぽい自分はどうにも興味が湧かず、
安全第一&体力温存で
いつものとおり迂回路を進みました。
下山時にいつもお世話になっている
法起坊大天狗さんにもご挨拶。
石鎚山に登れることがただ嬉しくて
身も軽やかに山頂に到着すると、
そこには大勢の登山者がいらっしゃいました。
けれどそこは同じ苦楽を
味わいながら登って来た登山者同士。
皆、本来の人間性が開いて
譲り合ったり、声を掛け合ったり。
僕が登山をこよなく愛する理由でもあります。
そんな人と人の合間を縫って
僕が荷を降ろすより先に向かったのは
石鎚大神の元でした。
天にも昇る幸せな氣持ちを
僕は後光のように放たせながら、
その感動のままに手を合わせました。
すると大神はこう仰いました。
… ことのはよ、よく参ってくれたな。
無理して来ることはなかったのだぞ。
お前はすでに存分に
わたしの意を理解してくれているのだから。
… お前というやつは、本当に…。
大神の溢れんばかりの感情が
波動となって僕を包むと
その後に続くであろう言葉の代わりに
この日初めての太陽を
僕に見せてくださいました。
ぅわ〜〜〜〜っ!!(`・∀・´)
それは大神と僕の心が
一直線に繋がるような眩い光で。
感動で胸を高鳴らせながら
奥宮の社務所にご祈祷をお願いすると、
神職さんは快く引き受けてくださいました。
程なくご祈祷が始まって、
ドォーン、ドォーン、ドォーン。
太鼓の音が僕の身体、
山頂を埋め尽くす程の登山者の皆さん、
石鎚山系の山々や天にまで響き渡っていきます。
石鎚大神への僕の感謝の氣持ちが
登山者の皆さんにとっては
石鎚大神からの大歓迎の意となって伝わり、
その歓びが大きな波動となって
石鎚山系の山々や天に座す神々の元へと
届けられていきます。
神職さんが祝詞の中で
僕の名前だけでなく、
父と母の名前を読み上げてくださった時、
堪え切れずにわんわん泣きました。
金幣のシャラシャラとした
細やかな煌めきの中で、
泣きべその僕は少しはにかみながら
この世に生まれてきたことに
ありがとうと心の底から思ったこの日。
これこそが石鎚大神の教えであり、僕の太陽。
父と二人三脚で
母を介護する状況は何も変わりませんが、
わいわいガヤガヤ言いながら
変わらず元気で一緒に暮らしていること。
それをお陰さまと
心から思える今の自分が
何より一番幸せなんだと気付きました。
槇原敬之 / 太陽
ご祈祷の後、神職さんがにっこり笑って
「重いですが大丈夫ですか?」と
手渡してくださった2ℓの御神酒は
この正月にお屠蘇にして
家族全員でいただきたいと思っています。