台風21号が関西を縦断する日、

僕は職場の宿直に当たっていました。

 

当日、JRは午前10時で

電車の運行停止を発表していて、

行けば何が起こっても戻って来れない片道切符。

心細い思いをさせる両親には申し訳ないですが、

くれぐれも気を付けるようにと

言い残して自宅を出ました。

 

大阪では、午後2時から

3時頃が台風のピークで、

これまでに経験したことのないような

猛烈な暴風が吹き荒れました。

 

ゴウゴウという凄まじい音に

仕事の手を止めて、しばらく窓から

その様子を見ていましたが、

暴風はまるで激流のようでした。

 

と、次の瞬間、

駐輪場の屋根が吹き飛ばされて、

それに連なる屋根も、

今にも飛んで行きそうに

土台から浮き上がって揺られています。

 

意を決して、職員8人で屋外に出て、

浮き上がる屋根が飛ばないように

押し倒そうとしましたが、ビクともしません。

結局、吹き飛んだ屋根を移動させた以外、

全身ずぶ濡れになっただけで

何もできませんでした。(´。_。`)

自然の猛威を前に、

人間の力は非力ですね…(汗)

 

そんな中、ある職員に一本の電話が入りました。

部屋に一人残した息子さんからでした。

あまりに強い暴風雨の怖さに耐え切れずに

泣きながらお母さんに電話をして来たのです。

 

ちょくちょく職場に来るので

よく知っている小学1年生の息子さんです。

 

「お願いだから、今すぐ帰って来て。」

 

そんな息子さんの声を聞いて

この暴風雨の中を原付で帰ろうとする彼女を

僕たちは必死で制止しました。

この大きな施設が揺れる程の暴風です。

車で送ることさえも危険だと

本能的に誰もが感じました。

 

フロアにうずくまって、涙を流しながら

息子さんを勇気付ける彼女の姿に、

幼少期の記憶がふっと蘇りました。

 

 

いつか買い物に出掛けた母親が

なかなか戻って来ないことがありました。

 

一人で遊びながら、

待つとはなしに待っている内に、

とてつもなく大きな怒号が鳴り響くと、

外は一気に暗くなって大雨が降り出しました。

 

傘を持たずに出掛けた母親を思うと

居ても立っても居られなくなって、

母親の傘を持って

全速力で玉付き自転車を走らせました。

 

雷が鳴り響く激しい雨の中、

ずぶ濡れになりながらも

スーパーの軒先で雨宿りをしている

母親の姿を見付けた時の安堵感…。

 

 

いつの間にか僕は胸がいっぱいになって、

入れ替わり立ち代わり、

彼女に寄り添う女性職員達を

ただ見守ることしかできませんでした。

 

 

そんな中、突如ピアノを弾き出す

一人の職員がいました。

この春に入職したばかりの50代の男性です。

これまで意思疎通が上手く図れずに

何度も転職を繰り返してきた方です。

 

この時も周りの職員からは、

「この大変な時に…」と

冷たい眼差しを浴びていましたが、

僕には彼の気持ちがわかるような気がしました。

 

こんな時だからこそ、

きっとみんなのことを

安心させてあげたかったのだと。

 

そんな彼の想いに気付いて、

僕は内心、にっこりと微笑みたいような

そんな温かな優しさに包まれました。

 

たいが君、いつかお母さんを

守ってあげられるその日まで、

今はいっぱい甘えて、強く育てよ〜。(・`ω・ゞ)

 

幸いなことに、

我が家は雨樋が吹き飛んで、

職場では前述した駐輪場の屋根と

ウッドデッキが吹き飛んだ以外、

大きな被害はありませんでしたが、

近隣や職員の自宅の多くで

停電や断水が続きました。

 

しかし、クリスチャンで友人の職員は、

停電して真っ暗な部屋の中で

蝋燭を燈すと星が廻るマリア様の像を見つめて

とても敬虔な祈りの時間を

持つことができたと話していました。

 

時に自然災害は、

僕たちの生活を一瞬にして変えてしまいます。

悲しいことに、

それは、往々にして悪い方に、ですが、

そこから学ぶべき愛もあると思うのです。


久石譲  / 帰らざる日々

 

台風21号によって、

関西のインフラが大きな被害を受ける中、

北海道で大きな地震が発生しました。

 

今なお、苦難や悲しみの中に

いらっしゃる方には、ひと時でも早く、

平穏な生活が戻ることを願ってやみません。

 

そして、関西でも台風が過ぎ去った後の街には、

今日も倒木やその無残な爪痕が残ったままです。

 

けれども僕は、その中に、

濁流が攫った川底に輝く砂金の粒のような

いくつもの愛を垣間見た気もしています。

 

心に愛のある人がとても愛おしいです。

 

 

手を差し伸べる愛の表現は人それぞれですが、

困難な時も、穏やかな時も、

手を取り合って、強く!

心の明かりを灯していきましょう。