「案外、荷物って少ないもんだな」
六年近く住んでいた部屋を見渡すと、ダンボールの山だけがあった。
「だって必要ないって……。でしょ?」
「ああ、そうだよ。新しい町に行けば、またそこで一からやり直す。そうやって来たし、そうするつもり」
僕は、荷造りを手伝いに来てくれた姉の後姿を見つめていた。
「夕飯、家で食べていけば?」
「どうしようかな……」
「いいじゃない。タケルだって喜ぶわ」
「義兄さんに迷惑かかるし」
「何を言っているのよ!」
姉の明るさに僕は少しだけ救われた。
「よし、決まり」
僕の背中をポンと叩いた姉が、開け放たれた窓から顔を出して空を見上げた。
「ねぇ」
姉は振り返りもしないで話しかける。
「何?」
「東京に行くのってどんな心境?」
「どんなって……。そうだな。まぁ~、望んでいたことだからね。不安がないと言ったうそだけど、期待の方が大きいよ」
「そう。だけど……。もしもしどうにもならなくなったら、迷わないでこっちに戻っておいでよ」
「どうしたの?」
僕は、目頭を押さえる姉に気付いた。
僕は三ヶ月前、とある文学賞に応募した。結果は……落選。だけどそこの編集員から電話をもらった。
「一から経験してみるつもりはない?」
「一から?」
最初、どういう意味なのか分からなかった。話を良く聞くと、編集社でアルバイトをしながら、経験を積むつもりはないかという誘いだった。
「是非」
僕は、即答だった。
そのことを姉に話したとき、少し心配そうだった。だけど姉は僕の一番の理解者だったし、この小さな町で書き続けていても限界があることも分かってくれていた。
それでアルバイトを辞めて、僕は上京することを選んだ。
「嬉しいことなのにね」
「そうだね」
僕は、姉の隣りに並んで空を見上げた。
雲ひとつない青空だった。僕は、姉がこっちを見ているのに気がついていた。だけどそれには気付かないフリをして、大きな伸びをした。
「この先、どうなるか分からないけど、出来る限りのことをやってみるよ」
「……」
「ね?」
「……」
「ね? 姉さん!」
涙もろい姉がまた目頭を押さえた。
「涙もろいな。全く!」
先に僕が笑った。じゃないと涙がこぼれそうだったから。