「このカメラ、動くの?」

「どうかな?」

「どうかなって……」

 カメラマン仲間の中でも親しい友人の一人、圭介が古いカメラを舐めるようにみつめていた。

「ああ、シャッターボタンがバカになっている。これじゃ、写らないね」

「だから、写るとか写らないって関係ないの」

 私は、圭介からカメラを取り上げた。

「こうしてね。ファインダーから覗くとね」

 カメラを右目にあてがって、部屋の中を回るように眺めた。

「アイ子って変だよな?」

「どこか?」

 ちょうど、圭介の顔を見ている時だった。

「カメラマンが、写らないカメラに夢中だなんてさ」

「違うよ。カメラマンだから、シャッターの壊れたカメラでもいいのよ」

「なんで?」

「ここ」

 私は、自分の胸を叩いた。

「……」

「フィルムはここにあるの。こうして、見るでしょ?」

 またファインダー越しに部屋の中を見始めた。

「ハイ、シャッター!」

「撮れたの?」

「うん。今、ここに一枚、ちゃんと残っている」

「じゃあ、俺も撮ってよ」

「いいよ。撮ってあげる」

 そう言って、私は、おすまし顔の圭介を見つめた。

「ハイ、笑って!」

「笑えないよ」

「じゃあ、いいよ。メンタルモードに切り替えるから」

「メンタルモード?」

 興味深そうに圭介が顔を寄せてきた。

「ここのボタンを一回押すと、メンタルモードになるんだよ。心のまで覗けちゃうんだから」

「俺の気持ちも写る?」

「写してみようか?」

 そういうと、また撮影を再開させた。

「ハイ、シャッター!」

「上手く撮れた?」

「うん。もうばっちり」

 私は、そう言って本棚の空いたところへカメラを戻そうとした。

「どんな風に撮れた?」

「どんな風って、圭介の心のままだよ」

「俺の気持ちも写った?」

「キモチ?」

 それは突然の出来事だった。

 私のココロには、次々に連写された写真が蓄えられた。だけど途中から、カメラは床に転がったままだった。なのに写真だけが胸いっぱいに増えていった。圭介の温もりを心に感じながら。

 家族が正月以外に集まったのは、本当に久しぶりのことに思えた。

「オヤジもさ。歌が好きだったんだ。母さんも行こうよ」

「私は、ここにいるよ。カズトたち兄弟で行ったらいいよ」

 カズトは、博多に暮らすしっかり者の長男だった。

「オイ、トシオ! どうする?」

「ん? どうってな。母さんが行かないんじゃな」

「そうよ。せっかくみんなで集まったんだから……。いつもはユウとかもいるから、五人であうのは久しぶり」

 長女のハルミは、離婚を経験し息子のユウと二人で京阪神の海が見える町で暮らしていた。

「ハルミ。それで再婚相手ってどんな人なの?」

 ダイニングテーブルの一脚に横向きに座ったままのトシキが訊ねた。

「まだ決まったわけじゃないよ。ユウのことも大事にしてくれるし……。いい人だなって思っているだけ」

「トシキは、人のことなんて心配しなくていいのよ。もう三十半ばよ。いつになったら、母さんに……」

「うるさいな~」

「うるさいって。お前、自分から話を振ったんだろう?」

 そう言ってカズトが笑った。


 父に対する印象は、兄弟でも違う。

 実業家としての一面を知るトシキには男気のあるオヤジにみえていたし、長男のカズトにすれば自営ということもあって心配の種でもあった。

 娘のハルミには、夜遊びの好きな父で、妻のカズミにとっては……最高の夫だった。

「六十三って早いよね」

「そうだな」

「うん」

「ほら、またしんみりしちゃう。泣かないのハルミ」

「そうだよ。お前がないてどうするんだ」

「私だって泣きたいときあるんだから」

「何かあったの、向こうで?」

「何もないよ。ないけど……、家族ってさ。やっぱり、最後に落ち着ける場所だから」

「そうだな」

 トシキが立ち上がった。

「母さん。カラオケ、行こうよ。歌って笑おう。オヤジみたいにさ」

「そうだね。少しだけ行こうか」

「そうだよ。そうじゃなきゃ! ハルミ、お前も用意しろよ」

「うん」

 四人は、微笑む父の写真の前に並んだ。誰が言うわけでもなく手を合わせ、何かを語りかけた。

 縁あって家族になった五人。それは偶然ではなく、きっと何かに導かれたのだろう。

 トシキは、そっと目を開け、母達の様子を見ていた。この家族と過ごしてきた日々が、今、じんわりと温もりになって感じられていた。