雨が 雪が 鳥のフンが

 

地面におちる

 

 

 

動物の足が 人の足が

 

たんぽぽの綿毛が

 

地面に落ちる

 

 

 

夕日が 満月前の月が

 

たくさんの星が

 

地平線の向こうに

 

落ちる

 

 

 

地球ではいろいろなものが

 

落ちる

 

あ 涙も 気持ちも 落ちる時もある

 

 

 

宇宙ではいったい

 

何がおちるのだろう

 

 

仕事部屋から

 

まどの外をみると

 

 

 

白い空に 白い雪が 落ちていく

 

 

 

まどの面積が狭く

 

(折り紙のあのサイズの紙を横に4枚ほど並べたほどの大きさ)

 

いくら雪が落ちるスピードが遅いと言っても

 

ここからでは ひとつひとつの 雪をしっかり見ることはできない

 

 

 

一瞬 一瞬 落ちていく雪達の全体を見ているだけ

 

 

 

川も同じだ

 

一つの水をみるのではなくて 水全体をみて水とわかる

 

 

 

山も同じだ

 

一つの木を・・・

 

 

 

世界は小さなものがくっついて大きくなって

 

できているんだな〜

言葉は進化している と 思われる

 

ホモ・サピエンス的な時にも 言葉的なものはあったもよう

 

そして ずーっと進んで 現在

 

いろいろな言語が地球上にはある

 

言葉は便利に思えるけど 心にあるものの全てを言い表すことはできない

 

と 思っている

 

 

 

言葉が進化すると いうことと 心にあるものの全てを言い表すことは

 

別の問題なきがする

 

では 言葉の進化とはなんなのか

 

それはコミュニケーションの やりやすさ なのかなーと思う

 

そう考えると 進化のさきっぽは やはり 全人類共通語? と

 

なりそうだけど

 

それもなんとなく しっくりこない

 

 

 

言葉はコミュニケーションでつかったり 考える時につかったり

 

いろいろな使い道がある

 

もし イルカだっけ? テレパシーでなくって なんだっけ

 

なんかを発信して それを受信する 言葉ではない やりとりも

 

言葉の進化のひとつとして ありなのかも

 

言葉という限られてものではなく 感覚的なものをやりとりできれば

 

もしかして 心にあることを そのまま 相手に伝える(浸透させる)ことが

 

できる気もする

 

黄色 一色ではうまく伝わらなかったけど 黄色のグラデーションだと

 

伝えることができた みたいな

 

 

 

 

言葉は好きです 心の中にある抽象的なものを 言葉という限定されたもので

 

表現する楽しさを いつの時からか わかり始めたから

 

 

 

 

 

 

 

ペテルギウス(地球から642光年ほど)あたりの星の生活を

 

想像してみた

 

 

 

もし そのあたりに知的生命体がいたら 何をしているのだろう

 

何をしているにしろ それを知りたいし それがわかるのは奇跡のような

 

ことだと 今現在は思う

 

(例えば宇宙人がいて 空気中のある決まった分子の塊を 顔にある

 

何かしらの穴から吸っている とか?

 

地球で言うところの タバコ あるいは 呼吸法?)

 

 

 

 

僕が言いたいのは

 

地球で ぼくがビールを飲んで柿ピーを食べているのを

 

ペテルギウス(地球から642光年ほど)あたりの星の宇宙人が

 

その僕の行為をみたら それは奇跡だ!

 

つまり

 

僕が地球でどんなにしょうむないようなこと

 

(二度寝 どのお菓子を買うか迷う)をしていても

 

遥か遠くの宇宙人から見ると 僕の行動は奇跡かもしれない

 

僕は今!奇跡を起こしているのだ!(ブログアップ中!)

 

 

 

 

 

 

 

雪がよくふりました

 

雪かきをよくした冬です

 

近所のおばあちゃんに聞くと

 

フキノトウはもう出始めているらしいです

 

2月に春のことをきくと 気持ちが少し暖かく感じます

 

 最近あまり詩をかいていません

 

かいていませんが 散歩の時や寝る前に考えることは

 

詩のようなものです(自分にとって)

 

あるいは 生き方も そのようなものです

 

 

それを 言葉にして まとめるかどうか

 

まとめて言葉にすると 詩っぽいですね

 

まとめなくっても それは 詩みたいなものだなー

 

と 最近思います

 

 

 

みなさん こんにちは お久しぶりですw