〆の記  じょじょに遠のき過ぎ去りし日々 | 人魚姫の泡言葉

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映画・ドラマ・書物のレビュー、即興詩、日々の想い、芸能ネタ、歴史、時事、政治に関しての見解等々を書いちゃってます。後「人魚姫の泡言葉」ブログ名を覚えてる方が多いので戻しました。

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30日のゴールデンタイムは寝ていた。夕刻時からウトウトし、そのまま寝入ってしまった。起きると、まさに午前12時を回ろうとしてるギリギリtime。

顔を洗ってソファに腰を下ろすと12時ゆうに過ぎ師走の31日を迎えていた。なんか損したような日を過ごしてしまった。30日が無かったような気分だ。

時間の概念から言えば、日にち変更に目が覚めてるので、スタートに最も忠実であるw

朝陽と共に目覚めるじゃなく、時計の針と共に一日が明けるってw なーんも考えず、学習したままを受け入れ午前の12時が過ぎれば日付が変わる。

朝の5時に日付が変わっても可笑しくないじゃないか!

こうして日付が変わり、そして変わりゆく日々が流れ区切りの1年を終えようとしている。

物事には区切りが必要である。整理整頓も区切り、仕切りを入れることから始まる。

分かり易く、引き出せるようにするには節を作る。

1年は人間が便宜上作った仕切り単位ではない。

昔は太陰暦354日で1年とし閏年をいれ調整していた。

月で日を読むのも悪くはない。

月の満ち欠けで何日か分かるのです。

師走とはよく言ったもので坊さん(師)が忙しく走り回る月からきた。

名称は人間の生活習慣が色濃く関係している。

年が変わるにあたり、一抹の寂しさもある。ある出来事を思い浮かべる時、年毎に何年前だと記憶を更新して行かなければならない。

切り替えが出来てないのか、3年前の出来事を去年の如く言ってる人を見かける。

年が変わるって何時からか、少し寂しい気がするようになった。去年の事がもう数日で再来年になるんだから、こう考えるととーい所に行ってしまうような気がするのです。

身近だった出来事が年を明ける毎にダンダンと遠のいていくの。それが嫌




未kan年譜 一部抜粋

 平成20年

 12月27日の昼すぎ、強烈な胃痛を覚える。胃袋が口から飛び出すか如く激痛に体が硬直し呻き声を発する。
いよいよという所で家人に救急病院に運ばれブスコバン注射を施されるが、全く効なさず。

エコーでも異常見当たらなく、他に打つ手なし。ジワジワと迫る痛みに暗澹とす。

 あまつさえ土曜日午後、各病院は診療なし。数時間辛抱すれば痛みも無くなるだろうとの医者の所見。

 家人が近隣を彷徨し、受診可病院見つける。其方にて4時間を要し、レントゲン、心電図、血液検査。

  検査結果、なんら異常なく年明け、再度消化器官受診勧められる。

  19時、漸う小康得る。


大変な27日でしたが翌日は、少し胃のもたれを憶えながらもショッピングに繰り出し、「イカ焼き」を数ヶ月ぶりに食しました。懲りない性分。昨日の死ぬかと思うほどの痛みは忘れたのか・・・

忘れるものですか!生まれて初めて、あんな胃痛味わいました。だって、どれほど強烈かというとブスコバンの注射が効かないんですものね~~~
。゚(゚´Д`゚)゚。

胃がんで痛いのって あんな状態かとおもう。以前、お見舞いに病院に行った折、恐ろしい女性のわめき声が耳に飛び込んできました。聞くと小さい子供さんがいる若い母親の末期ガン患者の声とのこと。

若いので痛みも強烈みたいで痛み止めが効かないみたい。見てもしてない幼き子供の先行きに憂いを感じ、最後の最後まで苦しんでる患者に哀れみと同情を抱かずにはいられなかった。

これだけ医学が発達してると言われてるのに・・・治せなくとも・・・せめて

 痛みすら のぞいて やれないとは。。_| ̄|○i|||||i