誰かが私の遺品を整理している様子。
その姿を俯瞰する自分の魂をイメージすると、
たいていのものは捨てられる。
自分しか価値がわからない、自分しか背景や由来を知らない、
そんな思い出の「モノ」もたくさん捨ててきた。
ただし、「記録」や「手がかり」の類は慎重に扱うべきだ。
ただ一つ、捨ててしまって後悔しているものがある。
「初めて多発性嚢胞腎と診断されたときの診察券」。
それなりに衝撃だったので、数年前まで「思い出」として保管していた。
もし「障害年金」の知識があったら、「記録」としてまだ保管していたかもしれないのに、
それは「思い出」だったから、数年前に捨ててしまった。
「年金」のことなど思いもよらず、
透析なんて、完全に“老後”だと勝手に思い込んでいたのだろう。
何で捨てちゃったかなぁ~。
ここにきて、困り果てている。
☆
姉が、西城秀樹さんの死に打ちのめされている。
姉の影響で、私も西城さんのことはテレビでよく観ていたし、曲もたくさん聴いていた。
今回たくさんの映像が流れ、その声の好さ、歌唱力にびっくりする。
今日はお通夜だ。
私は「ラスト・シーン」がいちばん好きだ。
スクリーンがあって、映画のラストの5分間、そしてエンドロールまで思い浮かぶ。
曲と歌詞、「歌」として完璧であり、西城さんの声と歌唱力で昇華する。
と、入力していたら、報道ステーションで「ラスト・シーン」のライブ映像が流れた。
ありがとう。
思い出の「モノ」は捨てても、自分の中は思い出だらけだ。
嵐の「マイガール」にとても好きな言葉がある。
♪ 思い出に満ちた未来へ
励まされ、顔をあげて歩ける。