4/6 ダイヤモンドグローブSP観戦記② | すぱんち~Sのボクシング徒然

すぱんち~Sのボクシング徒然

ボクシング観戦歴二十数年、今まで見たボクサー、試合等について適当に書き込んで行きます。

〈2014.4.6 大田区総合体育館 生観戦〉

この日、会場に向かう電車内での出来事。
僕の近くに初老の男性と中学生くらいの男の子が立っていて、
これから見に行くんでしょうね、井上と八重樫の話をしていまいた。
「…という訳で井上は強いけど、今日はチャンピオン相手だからなぁ…」
「井上もいいけど、もうひとつの世界戦に出る八重樫アズマってのもなかなか…」
…う~ん、残念…。

・八重樫東vsオディロン・サレタ

八重樫の3度目の防衛戦にして「ロマゴン戦の前哨戦」
いくら八重樫本人が「この試合に集中したい」と言っても、
試合前に「次はロマゴン」と口にしてしまったら、
周りも、ファンも、そして知らず知らず自分自身も、
次のビッグネームに気持ちが行ってしまうのは仕方のないことです。
先を見過ぎて苦戦する、最悪コケるというのは往々にしてあることですが、
八重樫も自ら心配したように、苦戦を強いられることになりました。

ゴングが鳴ると八重樫が前に出て、サレタが足を使う展開。
挑戦者のサレタは懐の深いボクサータイプ。
足もよく動き、ハンドスピードも手数もあって、八重樫を容易に近づけない。
八重樫は久しぶりの追いかける展開に戸惑いがあるのか、
中途半端な距離で左の差し合いに行ってパンチをもらったり、
踏み込みも浅く、ひと言で言うとピリッとしない。
1Rが終わってコーナーに戻った八重樫は、左の瞼が早くも腫れていた。

1R、2R…サレタのアウトボクシングが冴える。
遠い距離からパンチを放ち、ガードした八重樫が打ち返すとそこにはいない。
そんな流れが変わったのは3R。もう一つ深く踏み込んだ八重樫の右が、
矢継ぎ早に3発、サレタの顔面を捕らえた。
たまらずクリンチしたサレタの顔には、焦りの色がありあり。
この辺りから、八重樫本来の「出入りのボクシング」が機能し始めた。
4Rも主導権を握り、ここまでの採点はイーブン。
誰が見てもこの採点だと思っていたら、ここで異変があった。
1人のジャッジが39ー37でサレタとつけたのだ。
「随分辛いジャッジだな…」僕は思った。

中盤、八重樫のボディ攻撃が効果を発揮してきた。
プレッシャーを強めてサレタを追い回す。
しかしサレタも手数を出して必死に抵抗する。
その中の何発かが八重樫を捕らえ、ヒット数では互角か。

この試合全般を通して気付いたことが、八重樫のフィジカルの強さ。
例の土井トレの効果か、フライ級に馴染んできたのか、
パンチを受けてもビクともせず、ガードしてもバランスを崩すことがない。
しかし逆にフィジカルに自信があるせいか、
無造作にパンチを受けるきらいがある。
この試合でも少しディフェンスが雑になっている印象を受けたので、
ミニマムからフライに上がった頃のように、
もう一度ディフェンスの意識を高めて欲しい。

少し脱線しましたが、そんな流れの中盤戦を経て、
8R終了時の採点は、2者が八重樫のリード。
とりあえず逆転に成功したが、その差は最大で2ポイント。
「 まだこれしか離れていないのか…」
この時僕は、結構な不安に襲われた。
「まさか…負けやしないよな?」

しかし…次の9R、八重樫は僕のつまらない不安を打ち砕く一発を見せた。
このラウンド、ポイントの劣勢を知ってか知らずか、サレタが出てきた。
距離が詰まる。パンチが交錯する。被弾が増える。
その中で2分過ぎ、これ以上くっついたらクリンチしかないという距離で、
八重樫の右ショートがカウンターとなってサレタの顔面を直撃!
大きく膝を折ったサレタに細かいパンチを浴びせると、
サレタは仰向けにキャンバスに沈んだ。
「これは決まった!」沸き上がる大観衆。
八重樫がフライ級の世界戦で、初めてのKO勝利を手にした瞬間だった。

このKOパンチはスゴかった。
カウンターになったことは、本人の言う通りたまたまだと思うが、
あの距離で腰を回し切る技術。あの距離でナックルを返す技術。
そしてあの距離でパンチを打ち抜くために、
ショートを打ち下ろし気味に放つ技術。
あまりにもド派手なKOパンチだったが、
決してパワーではなく、技術で生まれた一発…
僕の目にはそう映りました。

試合後、リングに上がったロマゴンと言葉を交わし、
観客のボルテージは最高潮に。
僕の推測ですが、八重樫はフライ級の世界タイトルを獲った時から、
ロマゴン戦を見据えていたと思います。
前戦でソーサを完封して自信をつけ、陣営もゴーサインを出し、
そしてこの日、「前哨戦」も無事クリア。

さあ…ロマゴン戦だ!


・アドリアン・エルナンデスvs井上尚弥

今回の興行のメインは、やはりこの試合でしょう。
「怪物」井上尚弥の世界戦。
僕は最短記録の類いには全く興味がありませんでしたが、
尚弥が世界戦でどんなパフォーマンスを披露するかは、大いに興味がありました。
戦前予想としては、王者が尚弥をナメていたら、一方的になるかな~と。
尚弥のあのボクシングは、世界王者といえど事前準備なしに攻略は難しい。
王者が万全の井上尚弥対策をしていた場合のみ、いい勝負になると考えていました。
尚弥の戦力的な不安要素は、スタミナ面と耐久力。
ただこれは試されていないというだけで、
キャリアの浅い選手なら誰でも指摘される部分。
しかし…王者としては、自分の土俵でもあるそこに望みをかけるしかない。
離れてボクシングをしていたら、ちょっと勝負にならない気がしました。

西岡利晃の引退と時期を同じくして現れた、新世代の旗手。
村田諒太と共に、将来の日本ボクシング界を背負う立場へ。
まだあどけなさの残る二十歳の怪物…その双肩にあるものは、
重圧という名の鎖か、未来へと翔ける翼か?
井上尚弥という一人のボクサーだけでなく、
日本ボクシング界の今後を占える…そんな一戦のゴングが鳴った。

1R、僕の感じた尚弥の印象は…まずまず。
正直、いつもより若干カタイかな…という気がした。
一方、王者のエルナンデスはあまりに静かな立ち上がり。
まずはじっくりという作戦か?早くも尚弥について行けないのか?
おとなしいエルナンデスは却って不気味に感じられた。
するとR半ば、この試合の流れを決定する場面が訪れた。
尚弥のボディストレートが遠めの距離からヒットすると、
エルナンデスがたじろぎ、力無く後退したのだ。
「行ける」尚弥がギアを上げた。
いつものハイテンポなボクシングで、クリーンヒットを奪っていく。
「マズい」王者が守勢に回った。
しかしガード一辺倒では、尚弥の攻撃をシャットアウトし切れない。
1R終了時には、尚弥がハッキリとイニシアチブを握っていた。

続く2Rも、試合の展開は変わらない。
オートマチックに放たれて、自在に着弾するかのような、
相変わらずの正確無比な尚弥のパンチ。
一方、エルナンデスはとにかくおとなしい。
素人目には、守っていても回避出来ないのだから、
前に出る自分のボクシングをするべきだと思うのだが、
守勢を解けば一気にやられてしまうと言うことか。

3Rも全く同じ展開だ。攻め立てる尚弥、守り続けるエルナンデス。
ここまで尚弥は一発ももらっていない。
作戦?減量苦?様々浮かぶ常識的な憶測を、
眼前で繰り広げられる攻防が塗り潰していく。
「まさか…世界王者が何も出来ないのか?」
「尚弥のボクシングに打つ手がないのか?」
「王者ですらこのまま一方的に倒すのか?」
外見はまるで大人と子供の試合。尚弥のあどけなさがそう思わせる。
中身もまるで大人と子供の試合。尚弥のボクシングがそう思わせる。
井上尚弥が、アドリアン・エルナンデスを圧倒している…!

しかし4R、試合展開に異変があった。
エルナンデスのパンチが、浅いながらも尚弥を捕らえるようになってきた。
エルナンデスとすれば、ジリ貧の現状を打破するために、出るしかないだろう。
しかし僕の目には、それが奏功したというよりも、
僅かながら尚弥が失速したように見えた。
「あれ…どうした?世界戦のプレッシャーとハイペースで疲れたか?」
後に判明する足のトラブルは、この時点ではまだ分からない。
とはいえ、依然ヒット数は段違い…ポイントを取られるというレベルではない。
ここまで、途中採点が気になるような試合ではなかった。
(実際、ジャッジ3者ともフルマークで尚弥)

5R、遅ればせながらエルナンデスが出て来た。
4Rで少し手応えをつかんだか、劣勢を自覚してのことか。
対する尚弥は足を使わず、打ち合うようだ。
足を使えないことを知らない僕は、この選択を「少し早い」と思った。
打ち合いは危ないとか、分が悪いとは全く思わない。
打ち勝つ可能性も十二分にあるし、勝利のために打ち合う場面も必要だろう。
しかし…打ち合うことで、3Rまでのボクシングとは違い、
エルナンデスに僅かながらも可能性を持たせてしまうことを、不必要だと思った。

事実、打ち合いに転じてからのエルナンデスは動きも良くなった。
それはそうだろう。手の届かないところにいた鳥が、
わざわざ捕まえられる距離まで降りて来てくれたのだから。
ここで勝負をかけずにいつかける?僕がエルナンデスでもそうする。

しかし…近づいてきたこの鳥は、自らの餌をついばみに来ただけだった。
接近戦はエルナンデスの土俵…そんな声をあざ笑うかのような光景が広がる。
ワイルドに降ってくるエルナンデスのパンチの内側から、
尚弥のシャープなブローが雨のように降り注ぐ…!
手数、回転力、正確性、ポジショニング、そして…パンチ力。
接近戦に必要な全ての要素で、尚弥がエルナンデスを凌駕する。

そう、この試合には最初からエルナンデスの土俵など存在しなかった。
結果的に尚弥は、相手に可能性を持たせておいて潰すという、
最も残酷かつ効果的な作戦を、世界王者相手に完璧に実行してみせた。
散々打ち負かされ、追い詰められて後退したエルナンデスに、
最後はサイドからの右ストレートがクリティカルヒット!
両膝を折って前のめりに倒れたエルナンデスを見て、
大多数の人が「もう続行はない」と思ったはずだ。
立てない程のダメージではない。しかし立ってもやることがない。
エルナンデスの心が折れたのは、誰の目にも明らかだった。

6R2分54秒、怪物が最初の世界王座に就いた。

これは尚弥の努力を軽んじている訳では決してない、と先置きして、
最初に僕が思ったことをそのまま表現したいと思います。
僕は、あれほど簡単に世界タイトルを手にする選手を初めて見ました。
特筆すべきは、世界戦で過去最高のパフォーマンスを見せたこと。
今までよりも間違いなくレベルが上の相手に対して、
全く何もさせずに勝ってしまった。
並の世界王者程度では歯が立たない。
ここまで上り詰めても力の程は計り知れない…まさに「怪物」
本人があまり好きではないというこのニックネーム、
今後も呼ばれ続けることでしょう。この強さを見せられたら…。

今回ただ一つだけ分かったこと…それは、
今後の日本ボクシング界が、井上尚弥を中心に回って行くということ。
「日本ボクシング界の超新星が誕生した」そんな歴史的一戦として、
後々まで語られることになると確信できる試合でした。

怪物から二十歳の若者に戻った尚弥が、あどけない笑顔を見せてこう叫ぶ。
「似合ってますか?WBCのベルト!」
そりゃ似合ってますよ。似合わない筈がない。
世界のベルトとは世界一の選手が持つべきもの。
他の誰よりもベルトに相応しい、本来あるべき処で、
そのベルトは光り輝いているのだから…。