伯母が亡くなった。
一週間も経たない内に、神戸にとんぼ返り。
伯母は、父の三番目の姉。
父は、9人兄弟の下から三番目。
もとは、11人だったらしいけど、2人は幼い頃に亡くなったらしい。
伯母は、元看護婦。
静かに微笑みながら、いつも見守ってくれていた。
ある日、私の小さい頃の話になった。
「かわいそうにって、いつも思ってたのよ。でも、私が口を出すことではなかったから。」
その一言で、全部報われた気がした。
父方の伯父たちは、みな、分かってくれていたのだ。
父のことだけでなく、父の傍らにいる私のことも愛してくれているのだと気づいた。
あの一言で、私は救われ、支えられています。
そして、これからも歩き続けられます。
癌と静かに向き合い、戦った伯母さん。
お疲れ様でした。
今はどうぞ安らかに。
あちらで、伯父さんたちと久しぶりに、話に花を咲かせてください。
心より、ご冥福をお祈りいたします。
江戸の皆さま、ご無沙汰してます。
無事、東京に戻りました。
本年も何とぞよろしゅうに。
無事、東京に戻りました。
本年も何とぞよろしゅうに。
師匠が再集結だそうです。
拡散希望とのことっす。
きだつよし (@kida4483)12/01/06 15:28 5年ぶりのせいか、発砲再集結を知らない方がまだまだ大勢いらっしゃるようです。大宣伝御協力よろしくです! →発砲公式HP bit.ly/vEamvx きだブログ bit.ly/w4I9Qf |
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「ありがとう」の大切さは、父の姿で学んだ。
どんな小さな心遣いにも、きちんと「ありがとう」が言える人だ。
車椅子の青年が電車を降りる際の様子を見て、考えるものがあった。
障害者だからといって、遠慮して生きろと言ってるのでは決してない。
ただ、日常に麻痺して、「ありがとう」を忘れてしまっては、心が渇いてしまうよと言いたい。
ウチの両親も障害者だからさ。
ゆ。
どんな小さな心遣いにも、きちんと「ありがとう」が言える人だ。
車椅子の青年が電車を降りる際の様子を見て、考えるものがあった。
障害者だからといって、遠慮して生きろと言ってるのでは決してない。
ただ、日常に麻痺して、「ありがとう」を忘れてしまっては、心が渇いてしまうよと言いたい。
ウチの両親も障害者だからさ。
ゆ。
きだつよし (