あれから1年・・・。

 

昨年後半を時系列で記します。

 

◆以前から便秘がひどく、何度も受診を勧めていたが、母のルーズで何でもずるずる先延ばしにする性格が災いして、昨年5月頃より急激に痩せ始め、衰弱していく。

 

◆6月13日、通院していた近所の診療所で紹介状を書いてもらって病院に行き、大腸検査をして即日入院。

 

この診療所(クリニック)がやぶ医者(拝金主義)で、重症度・緊急度の判断ができず、何度も通院した。

妹も昔、胆のう炎(胆石)だったのに、「様子をみましょう」と何週間も引っ張られて、薬を何種類も出されても全く良くならず、救急で病院に行って即日入院した。

父は通院中だが、聴診器を当てる時間が極端に短く、検査数値だけを見て何種類も薬を出され、不満を言ってる。しかし、近所で便利だからという理由で転院する気が全くない。

原因が特定できず、「様子を見ましょう」を3回以上言う医者は信用してはいけない。思っている以上に医者の腕はピンキリで、能力の差が大きい。

 

母が即日入院して、大病院の主治医は「検査予約日を待たずに救急車で来て良かったのに」と言ってた。

 

◆その3日後に家族全員が呼び出されて、本人同席のもと、癌だと知らされる。大腸がん(結腸がん)のステージ4(末期)で、肝臓と肺に転移していた(血行性転移で腹膜播種はなかったと記憶している)。

学校で少し臨床医学を学んだこともあり、肝臓のCTを見て、主治医の説明を聞くまでもなく、絶対に助からないと悟る。

医師から延命目的での抗がん剤治療を提案され、本人が希望したので、数日後に抗がん剤治療を始めることになった。

 

◆入院して1週間ぐらいは比較的元気で、病室で父と口げんかして、大きな声でキレてたらしい。家に普通に電話を掛けてくるぐらいだった。

 

◆その後、容体が急激に悪化していき、肝機能の数値がいずれも3000を超え、抗がん剤治療が中止になる。

意識が徐々に不明瞭になり、会話が出来なくなっていく。

今日明日死んでもおかしくないと、医師から家族(私と妹)に説明があった。

 

◆6月30日の午前7時半~9時半の間に、誰に看取られることもなく息を引き取る。

(臨終後、巡回中の看護師が心肺停止に気づき、医師が法的な死亡時刻を計る)

入院から18日目、癌と知ってから15日目だった。普通じゃあり得ない期間の短さ。

病院から連絡があったので行き、葬儀社に連絡し、亡くなった母と個室で数時間過ごす。

 

◆7月1日お通夜。家族葬にしたので参列者は少数。同2日告別式。家族と親戚1名の計4名で執り行う。

妹は号泣していたが、私は一筋の涙が出ただけだった。誤解を恐れずに言うと、この世で辛い思いばかりしてきたから、死んで楽になって良かったという気持ちの方が強かった。

「長生き=幸せ」というのは、食糧事情が悪く、人生五十と言われ、赤いちゃんちゃんこが着れて良かったと言ってた時代までの話だと、個人的にはそう思う。

 

◆11月、生前(まだ癌に罹患していなかったであろう元気な頃)の母の遺言どおり、大阪市天王寺区にある永代供養の一心寺に納骨する。

 

父方のお墓に入りたくないというのが一番の理由だが、母が育った場所から程近いことも理由として挙げていた。

ちなみに、私は祖父の代から長男で続いた直系だが(それ以前のご先祖については不明)、同様に父方のお墓には入りたくない。

もっとも、父方(祖父母)の土地と家は、亡くなった叔父(父の弟)が継いで、今は後妻と子供が継いでいるので、お墓もそこがみている。

その親戚とは付き合いが全くなく、私が唯一、関わりたくないと思う親戚。他の親戚とは、クソみたいな叔父がいても普通に付き合いをしているが・・・。

 

◆12月30日、母の死からちょうど半年後、叔母(母の姉)が肺炎で亡くなる。

 

 

【日本人の死因順位】

1位:悪性新生物(がん、白血病等)、2位:心疾患(急性心筋梗塞等)、3位:脳血管障害(脳梗塞、脳出血)、4位:老衰、5位:肺炎

(医学の進歩に伴い、「老衰」の順位が上がっている。私が臨床医学を学んだ2006年は7位だった)

 

 

【大腸がん ステージ分類】

5年相対生存率-ステージⅠ:97.6%、ステージⅡ:90.0%、ステージⅢ:84.2%、ステージⅣ:20.2%

[全国がんセンター協議会の生存率共同調査(2018年6月集計)より]

大腸がんは末期じゃなければ(転移していなければ)、助かる可能性がかなり高い。

 

 

 

 

以上、こんな流れでした。

 

母が亡くなる少し前から今日(こんにち)までの心境をここに記すのはとても難しい。

口頭じゃなく、文章にすると、かえって伝わりにくい気がします。

感情・心境が、おそらく一般的じゃなく、非常に複雑なものだからです。

プラスだけでもマイナスだけでもない感情。

普通の人は、プラスの感情が90%以上だろうと思いますが、自分の場合は、50:50ぐらいだと思います。

この歳になってもそうなので、他人から見たら僕は相当ひどい人間でしょうね。

現時点ではまだ、良いことばかり言うのは、綺麗事を言ってる気分になります。

とはいえ、故人なので、悪いことを言うのもはばかれます。それを考えると何も言えなくなります。

 

 

一心寺(大阪市)