「ダウン症を周りに隠すなんて息子に失礼なんだ」

次男・健太郎君(5)のダウン症を伏せてきた元マラソン選手の松野明美さん(40)だが、デイサービス施設で、子供が新しいことに挑戦する姿に触れ、少しずつ考えが変わっていった。

 

そんなころ、テレビ局から仕事が舞い込んだ。

「健太郎君との暮らしぶりを撮らせてくれませんか」。

夫でマネジャーの前田真治さん(41)と相談して決意した。

TBS系のバラエティー番組「復活の日」。

昨年10月、初回スペシャルとして放映されると、250通を超えるメールが来た。

多くの親が自分と同じような心の道を歩んでいた。

「うちの子もダウン症と言えるようになりました」

「私も受け入れるまでに時間がかかりました」

と松野さんへの共感を伝える声。一方で「今も周囲に言えません」という人もいた。

 

番組の取材を通して、ダウン症の本人や家族で作る「日本ダウン症協会」という団体があり、ボランティアを巻き込んだ交流や、生まれた直後からの相談活動をしていることを知った。

同協会の熊本支部を訪れ、ほかのダウン症の子供や大人との交流も増えた。

個性は様々だが、みんな息子と同じように、おだやかで明るく、人なつっこいことに気がついた。

そして親たちが口々に言う「安らぎを与えてくれる」という言葉にも共感した。振り返れば、夜泣きもぐずりもしない優しい子供だった。手術前に心臓病の息苦しさと闘っていた時も、本人が一番つらいはずなのに、あやせば天使のようににこっと笑った。

 

松野さんは現役時代、勝つために人に隠れて練習し、「苦しい、負けられない」と寝言を漏らした。そして障害を持つ子に、「産まなきゃ良かった」と心で叫んだ日々を超えて今、「生まれてきてくれて、ありがとう」と思う。

「健太郎がいなかったら、一番大事なことを知らずに生きていたなあと思います」。最後でもいい、自分なりのペースでゴールすることだってすばらしい、と。

 

来月、健太郎君は熊本県植木町の自宅近くの保育園に入園する。

今年1月の体験入園では、身長95cmで、3歳児程度の体格しかない小柄な健太郎君に、周囲の子供たちが世話を焼き、自然な輪が広がった。

テレビ出演への反響にはダウン症の女性本人からの達筆な手紙もあった。

「結婚して幸せに暮らしています」。学校、そして社会への第一歩の向こうには、こんな希望の光もまたたいている。

 

『読売新聞』 2009年3月9日付

 

次回は最終回です。