精神科の薬の副作用が原因で、統合失調症と誤診されることもある。

国内外で水産の技術指導をしていた東京都の男性(44)は、

2001年、うつ状態に陥った。よく眠れず、仕事が手につかない。

趣味のスポーツを一緒に楽しんでいた知人が、ささいなトラブルを機に、

インターネットの掲示板に男性の悪口を書き始めたことがきっかけだった。

「仕事に追われ、ネットで中傷され、自分の居場所がなくなっていく恐怖を感じた」という。

同じころ、父親の死も重なり、気分の落ち込みが激しく、勤務先を退職。うつ病と診断された。

治療を受けながら、電気関係の資格を取り、04年6月、資格を生かせる会社に再就職した。

ところが、抗うつ薬をやめたところ、うつ病が再び悪化した。

不安や緊張を和らげる抗不安薬の量が増えた。すると、落ち着きなく歩き回ったり、

転んだりする症状が表れた。

05年秋、泊まり勤務を終えて薬を飲み、帰宅する途中の朝、地下鉄駅で“事件”を起こした。

「なぜか無性にいら立ち、かばんからはさみを取り出して壁のポスターを切ってしまった」。

たまたま近くにいた警察官に、器物損壊で現行犯逮捕された。

この行動について、現在の主治医である三吉クリニック(神奈川県藤沢市)の

院長の三吉譲さんは、

「多量の抗不安薬を飲むと酒に酔ったような状態になり、理性や判断力を失うことがある」

とみる。だが、事件直後に行われた精神鑑定の判断は、そうではなかった。

鑑定にあたった2人の医師に、「なぜこんなことをしたのか」と聞かれ、

男性は知人にネット上で中傷され、うつになった経緯を話した。

続いて「その知人を殺したいですか」と問われた。

感情が高ぶり、「殺せるものなら殺したい」と答えると、10分弱で鑑定は打ち切られた。

精神科病院に強制的に入院させる措置入院が決まった。診断は「統合失調症」だった。

措置入院は、2人以上の精神保健指定医が「自分や他人を傷つける恐れがある」と

判断した場合に、都道府県知事の命令で指定病院に入院させる制度。

昨年度は1774人が措置入院になった。三吉さんは、

「措置入院の鑑定では、治安の維持が最優先され、入院が選択されやすい。

正確な診断は二の次になる傾向がある」と指摘する。

男性は、鍵のかかった保護室で多量の薬を投与され、4日ほど眠り続けた。

 

『読売新聞』 2008年11月5日付