ノマドランド
※ネタバレです。
原題 Nomadland
製作年 2020年
製作国 アメリカ
上映時間 108分
監督・製作・脚本・編集 クロエ・ジャオ
製作 フランシス・マクドーマンド、ピーター・スピアーズ、モリー・アッシャー、ダン・ジャンビー
原作 ジェシカ・ブルーダー
撮影・美術 ジョシュア・ジェームズ・リチャーズ
音楽 ルドビコ・エイナウディ
出演 フランシス・マクドーマンド、デビッド・ストラザーン、リンダ・メイ、スワンキー、ボブ・ウェルズ 他

あらすじ
ネバダ州の企業城下町で暮らしてきたファーン。しかし企業が倒産し、町はゴーストタウンに。夫も亡くし、行き場のない彼女はバンに荷物を詰め込み、現代のノマド(遊牧民)として労働現場を渡り歩く車上生活者となる。

久しぶりに映画館に行ってきました。最近は節約生活をしてるので、なかなか新作映画を観に行けない...。しかし、せめてアカデミー賞作品賞受賞の本作に関しては是非とも映画館でという気持ちがあったので、シネコンのファーストデー割引を利用して(セコイ)妻といっしょに鑑賞してきましたよ。

観終わった直後の率直な感想としては...。



「うん...。イイ映画観たな。」


というわりと低体温な感じ

誤解しないで頂きたいんですが、低体温だからといっても、別に本作が期待外れだったとかではないんですよ。ものすごく腹にズシッとくる作品だったのは間違いなくて。実際に帰りの車中では、むしろ家に帰った後も、ずっと妻と本作について語り合いました。

たぶんみんなが予告から受ける印象として、すごく「ミニマム」で、言っちゃえば「地味」。でも当たり前ですけど、それがこの映画がつまらなかったということは意味しないです。僕はむしろすごくゴージャスな印象を受けました。
まず、これはたぶん本作を観た方なら誰もが思うことだと思いますが、自然光のみの映像が本当に美しいですよ。以前も書きましたが、僕がアメリカ映画に登場する風景で一番好きなのが「荒野と夕陽」でして。本作ではその素晴らしさが存分に味わえます。ちょっと西部劇のようなニュアンスもある。自然光を用いた作品では、先日鑑賞した「この茫漠たる荒野で」 もよかったんですが、本作では空撮など、本来スケールを大きく見せるような撮り方控えめで、まさに地に足がついた人間が感じる生の自然を感じることができます。

本作って結構特殊な作りの作品ではありますよね。登場人物の大半が本物のノマド(車上生活者)であるという。半分は劇映画であり、半分はドキュメンタリーでもある。僕が鑑賞前に抱いていた不安として、「役者と実在の人物が共演したら違和感があるんじゃないか?」というものがありました。つまり、本物のノマドに対して、役者の演技が嘘臭く映ってしまうリスクがあるのではないかと。

でもそんな心配は完全な杞憂でしたよ。もうね、フランシス・マクドーマンドにはぶっとばされましたね。改めてすごい役者だなと。鑑賞後に妻がこんなことを言ってたんですけど、「あのひとって大女優なんだよね?なんか普段からあんな生活してそう。」

まさにそうなんですよ。普通はこういう役をハリウッドの大スターが演じたら、どうしたって観客は少なからず「でもこのひと実際は超金持ちなんだよな。」って思っちゃいますよ。でも彼女にはそれがなくて。もちろん演技力もあるでしょうけど、今回は製作にも携わっているということで、彼女自身そうとうな意気込みで撮影に臨んだのではないでしょうか。また、近寄りがたい雰囲気なんだけどチャーミングでもあるという役が彼女は本当に似合いますね。

それからもう一人役者枠としてデビッド・ストラザーンが出演してたのもうれしかったですね。彼は息子との関係に悩みながら、ファーン(フランシス・マクドーマンド)とは友情とも恋愛ともとれない微妙な関係になるんだけど、これまた確かな説得力を感じさせる演技だったと思います。
本作の大きな特徴として、例えば暴走し続ける資本主義社会であるとか、反対にそこからこぼれ落ちた、あるいは解放されたノマドたちの自由な生き方フラットな視点で描いているということがあります。どっちが良い悪いでもなくて、「こういうもんだよね。」という。これはたぶん中国系であるクロエ・ジャオ監督だからこその客観的な視点があったからこそなのかなと。

ただ、どうしたって物語的にノマド側の視点がほとんどなわけだから、彼らが抱える負の部分というか、「ノマドは確かに自由だけど、実際ツラいことも多いよね。」みたいな描写が、バランス的にもう少しあったほうがよかったって思う方がいるのもわからなくはないかな。それにアメリカでは彼らは別に経済的に底辺というわけではないわけで。それに経済的な問題を抜きにしても、ノマドの人々がほとんど白人だったことからもわかるように、ノマド的な生活ができるひとはまだましなほうという現実もある。
でも僕は「もっと不幸自慢してほしい!」みたいな不満は別になくて。むしろノマドの生き方から学ぶことがたくさんあったし、まさに現代に描くべき意義のある作品だと感じました。

近年、「サステイナブル」とか、「ミニマリズム」という考えが非常に重要視されてますけど、つまるところそれは「物質的豊かさからの解放」それから「自分にとっての幸せは自分で考える」ということだと思うんですよ。現代社会は企業の広告だらけで、消費者は「この新商品を買えば幸せになれる!」と勘違いして、大して深く考えることもなく物を買わされてしまう。企業は消費者に戦略的に考える暇を与えないことでどんどん買わせる。いかに余計に物を買わせるかが企業にとっては大事なわけです。まさに「ゼイリブ」 の世界が現実になってる。

ノマドの生き方はすごくシンプルですよね。生きるために必要最低限の物だけ持ち、壊れたら直す象徴的に描かれてましたけど「食事」をして「排泄」するという当たり前である生命の営み。ラストでファーンが捨てずにとっておいた、亡き夫との思い出が詰まった家具捨てる。劇中で「家は心の中にある。」というセリフにあるように、「幸せや癒しというものは、物からではなく自身の内からもたらされるのだ。」という。非常に大切な考え方だと思いましたよ。

いわゆるアメリカン・ドリームというものが、大金を稼ぎ、最新の物を買い、大きな家に住むという物質的豊かさにあると思われている現代において、「本当にそうなのか?」と。いつから人間は自分の幸せを他者や物に決めさせるようになってしまったのか。本来のアメリカン・ドリームとは、自らの意思でもって、自らの道を切り開き、自らの幸福を手にいれることではなかったのかと。
そんなこんなでスゲー感動したんですけど、同時にすごく皮肉な話だなとも思って。序盤と終盤でファーンが働いている場所、真の自由を手に入れたはずの彼女が働く場所は、まさに現代資本主義社会を代表する大企業"amazon"であり、もっと言えば本作の配給元も、いまや世界を征服する勢いで成長を続ける"Disney"であるという...。



こんな皮肉な話がありますか?


感動と共にすごくモヤモヤした気持ちにもなったんですけど、とにかく本作は現代における過度な物質信仰であるとか、アメリカン・ドリームとは本来どういうものだったのかということを改めて考えるいいきっかけになる素晴らしい作品だったと思うし、これは別にアメリカに限らず、日本に住む僕らにも全く関係のある話ですのでね。劇場で是非とも鑑賞していただきたいです。オススメ。

個人的評価
8/10
前回フランシス・マクドーマンドがオスカーを受賞した「スリー・ビルボード」 。大好き。

ではまた。