この茫漠たる荒野で
※ネタバレです。
原題 News of the World
製作年 2020年
製作国 アメリカ
上映時間 119分
監督・脚本 ポール・グリーングラス
製作 ゲイリー・ゴーツマン、ゲイル・マトラックス、グレゴリー・グッドマン
製作総指揮 スティーブ・シェアシアン、トーレ・シュミット
脚本 ルーク・デイビス
原作 ポーレット・ジャイルス
撮影 ダリウス・ウォリスキー
編集 ウィリアム・ゴールデンバーグ
美術 デビッド・クランク
衣装 マーク・ブリッジス
音楽 ジェームズ・ニュートン・ハワード
出演 トム・ハンクス、ヘレナ・ゼンゲル、マイケル・アンジェロ・コビーノ、レイ・マッキノン、メア・ウィニンガム、エリザベス・マーベル、フレッド・ヘッキンジャー 他

あらすじ
南北戦争終結から5年。元南軍の大尉だったジェファソン・カイル・キッドは、各地を転々としながら人々にニュースを読み伝えていた。ある日、キッドはアメリカ・インディアンに育てられた孤独な少女ジョハンナに出会う。キッドは彼女を親族の元に送り届けるため、荒野を進んでいく。

本年度アカデミー賞で数部門にノミネートされたということでNETFLIXにて鑑賞しました。個人的にトム・ハンクス主演最新作をリアルタイムで観るのは久しぶりです。近年の作品で最後に観たのはスティーブン・スピルバーグ「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」 だったのでもう4年ぐらい前。もちろん過去作を観直したりはしてますが、現在進行形の彼はご無沙汰。

ちなみに僕は吹き替え版で鑑賞したんですが、トム・ハンクス役は安定の江原正士さんなので吹き替えもオススメです。

ぶっちゃけ僕はこのポール・グリーングラス監督の作品をちゃんと観るのは初めて。以前トム・ハンクスと組んだ「キャプテン・フィリップス」 や、9.11テロの混乱を描いた「ユナイテッド93」など、わりと社会派なイメージがあると同時に、「ボーン」シリーズ などのエンタメ路線も手掛けていて、結構器用な監督なのかなという印象。 

本作は南北戦争直後のアメリカを舞台とした西部劇であり、物語のプロット自体もすごくシンプルです。主人公たちが「A地点からB地点に向かう」そしてその間には「逃走と追跡」といった、いわゆるアメリカ映画の王道とも言える展開が用意されています。さらに「ある男と少女の孤独な魂の交流を描く」という物語も定番と言っていいと思います。例えば「レオン」 とか、さらにロードムービーという部分に関してはフェデリコ・フェリーニ「道」 とか、男どうしですけどクリント・イーストウッド監督の「パーフェクト・ワールド」 なんかもありますね。
主人公のキッドを演じたトム・ハンクス。近年はたまに監督業に手を出して爆死したりもしましたが、やはり演技に関しては円熟の域に達しています。抜群の安定感です。「キッド」という名前はいかにも西部劇的な名前ですよね。例えばビリー・ザ・キッドとか、「明日に向かって撃て!」 でロバート・レッドフォードが演じたサンダンス・キッドなど、タフなガンマンというイメージがあるネーミング。そんなイメージとは無縁なトム・ハンクス「キッド」ってあんまり似合わないなと思いましたが、なるほど話が進み、彼の過去が明らかになるにつれ納得度が高まっていきます。今や穏やかなリベラル派という出で立ちのキッドも、かつては戦場で数多くの命を残酷にも奪ってきたという過去があり、その悔恨の念を抱えて生きているのです。回想シーンなどはありませんが、恐らく彼は「優秀な殺人者」だったのでしょう。古いアメリカのいわゆる「カッコよさ」みたいな部分を象徴するような「キッド」という名前。しかし本作に登場する「キッド」はそんなイメージとはかけ離れた孤独な男です。

そしてアメリカ・インディアンに育てられた少女ジョハンナを演じたヘレナ・ゼンゲル。この子がマジでスゴいです。ジョハンナは幼少期に家族をアメリカ・インディアンの部族に殺されてそのまま彼らに育てられ、今度は逆に彼らを襲撃した白人部隊に皆殺しにされてしまいます。10歳という幼さで、2度も家族を殺されるという地獄のような目にあうのです。彼女はまさにアメリカという国が「血と暴力の土台」の上に成り立っていることを象徴するようなキャラクター。セリフこそ少ないですが非常に難しい役どころ。しかしこのヘレナ・ゼンゲル「顔力」というか、表情だけで魅せる素晴らしい演技は要注目です。暴力によって全てを奪われた「悲しみ」「虚無感」「孤独」など様々に入り組んだ複雑な心情がその「顔」に全て現れています。そんな彼女がキッドとの旅を通して少しずつ温かな感情を取り戻していく過程は素直にホッコリしたし、クライマックスの、これまたホントに素晴らしい泣き顔からのハグには思わず涙してしまいました。ラストの笑顔もとっても愛らしい..。なんだか他人の子だとは思えなくなってしまってキッドにもしものことがあったら僕が代わりに彼女の親になろうと決意したほどでしたよ。だってジョハンナったらとっても可愛いし、旅で疲れてるだろうからお風呂に入れて体を洗ってあげたいな。ゲヘヘ...。(冗談ですから通報しないでください。)
撮影も素晴らしかったんじゃないでしょうか。僕がアメリカ映画に登場する景色で特に好きなのが「荒野と夕陽」なんですが、本作にはその美しいショットが数多く登場します。ロケーション撮影ならではの自然光がホントにキレイ。うっとりしてしまいます。ただ空撮に関してはスケール感があっていいなとは思ったんですが、若干多用しすぎで、これ見よがしな感じがしちゃったかな...。それから後半にいくにしたがってエモーションが高まっていく音楽もとてもよかったですよ。

本作はエンタメ作品として普通に良くできてる感動的ではあるんだけど、そこまで起伏に富んだドラマ性みたいのは、実はそんなに無い。わりとフラットで、言っちゃえば地味な印象を受けるかも。それはやっぱりトム・ハンクス演じるキッドが、最初からかなり「大人」良識のある人物なので、ジョハンナとの関係性にそこまで深く葛藤しているようには見えない。それこそ「道」に登場するザンパノのような粗暴幼稚な人物の方がドラマ的な盛り上がりは大きいかもしれませんね。

じゃあキッドは成長しないのかというとそんなことはありません。彼もまたジョハンナとの関係の中で変化していきます。彼は南北戦争後の「不審と分断」の中にいる人々にニュースを読み聞かせることで、彼らに広い視野、それは民主主義などの新しい価値観であったりを持たせようと努力をしていると。それは言い換えれば「希望」とも言えるかもしれない。でもキッドは、彼自身の「希望」は見出だせないでいる。最愛の妻はこの世を去り、かつて自分がした残酷な行いからは目をそらし続けている

キッドジョハンナ「嫌な過去は忘れて、まっすぐ前を向いていくんだ。」というようなことを言いますが、それに対してジョハンナ「過去を振り返ることも必要。」と告げます。キッド「過去を省みることなく新しきを伝える」という自身が抱える矛盾をわずか10歳の少女から教えられるのです。
舞台が南北戦争後になるので100年以上前の話ということになりますが、本作で語られている内容はそのまま現代のアメリカに置き換えることができます。大統領選にバイデンが勝利したことで、アメリカ国内の「分断」はより色を濃くしています。時代は違えど全く同じ状況です。それこそキッドのように過去から学ぶことが今必要なのかもしれません。

本作では現代アメリカを憂慮しながらも、はっきり「希望」となる部分を提示しています。それは「コミュニケーションの可能性」キッドジョハンナ言葉が通じないながらも対話への道を探します。「人間は愚かだが対話は成り立つはず。」これはまさに「不審と分断の時代」においてとても重要な考え方ではないでしょうか。さらに今のコロナ禍、アメリカだけではなく物理的にも分断が余儀なくされている日本においてもこれは大切な話です。

本作は非常にタイムリーな社会的メッセージもあり、それでいてエンタメ作品としてもシンプルで素直に感動できる一作でした。欲を言えば登場人物たちに対してもう少しエグい追い込みがあってもよかったんじゃないかとは思います。やっぱり「暴力」を描く以上はセリフだけじゃなくて、しっかり画でも悲惨な死みたいなものを見せて欲しかった。危機的な状況であってもわりとあっさりと事態が解決しちゃった感もあり。

細かい部分ですがキッドがついに家に帰った時に壁のフックに帽子を掛けるシーンがすごくよかった。別に意味ありげにアップにしたり、強調したりしないで普通の画角で撮ってるからさらっとしてるんだけど、きっといつもその場所に帽子を掛けていたんだなぁという実感があったし、そこは確かに彼の家であったのだという説得力がありました。それからキッドジョハンナと別れた後に彼女がいつも使っていたブランケットを何気なく羽織っている場面なんかもグッときた。

先日鑑賞した「バクラウ 地図から消された村」 も西部劇をフォーマットにして現代の「不審と分断」を描いた作品でしたけど、本作は王道のストーリーラインに乗っかっている分、よりストレートに感情移入できる作品だとは思います。どちらがいいかは別にして。意外性という部分では「バクラウ~」の方があったし。本作は劇場に行かなくてもNETFLIXですぐ観られますのでね。「バクラウ~」とセットで鑑賞するのもいいかもです。オススメ。

個人的評価
7/10

こちらもよければどうぞ↓




ではまた。