よもやま話
皆さん、市川雷蔵さんをご存知でしょうか。
一言で言いますと稀有な俳優さんです。
昭和44年に亡くなられ死後56年経ちますが、
今でも3~5年置き位に映画祭が開かれていて、
映画祭がある時は彼の作品を最低でも10本見ることにしています。
彼を田村正和さんがきっかけで知るようになりました。
田村正和さんのファンになったのが1972年の1月でした。
その年の10月から放送された「眠狂四郎」で正和さんはスターダムにのし上がりました。
それ以降は彼の作品を見てきましたが、30年位前に"正和さんの狂四郎はいいね~"と
話をしておりますと、"雷蔵の狂四郎の方が絶対にいいよ"という人がいたのです。
私は雷蔵さんを知りませんでしたので、調べてみましたらすごい俳優さんでした。
歌舞伎界から映画界に転身。大映に所属し1954年デビュー。
その当時大映には長谷川一夫さんという大看板がおられましたので、
しばらくしてから勝新太郎さんと"カツライス"と呼ばれる二枚看板になりました。
その頃はまだDVDがまだ普及していなかったので、私は映画雑誌を見て、彼の作品を見るため片道の交通費1000円位、10~15席で満席のオフオフオフシアターを見つけては30回位通いました。
今では信じられないと思いますが、古い映画を上映するとスクリーンに所々雨が降ったように見えた事が何回もありました。
彼の普通の姿は平凡な銀行員にしか見えませんが、メイクの天才で、
キャメラ(その当時の映画人は全てカメラをキャメラと言っていました)の前に立つと
天下の二枚目俳優"市川雷蔵"に変身するのです。
二枚目だけでなく、ありとあらゆる役になり切り、どの役も雷蔵色に染めて、本当に存在した人と言う風に思わせる役者でした。
15年間に153作品(159ともいわれる)に出演し、風のように去っていきました。37歳没 その後私はCSの時代劇専門チャンネルで彼の作品を130位見る事が出来ましたので、もうオフオフオフシアター巡りをしないで済むようになりました。
彼の狂四郎は"軽い"、正和さんの狂四郎は"重い"。私はどちらも好きです。
映画祭には年配の方だけでなく、若い方もたくさん来ておられます。
皆さんも今度の雷蔵映画祭で彼をお試しあれ!
これからも時々雷蔵さんの作品についての私の思いをお話します。