私が思い描く竹中半兵衛公とは その4
永禄13年(1570年)4月浅井長政に裏切られた信長は、その年の6月に浅井討伐をおこなうため、浅井方の重要拠点の主、堀次郎の調略を秀吉に命じます。
秀吉は試案をかさね、稲葉良通に相談すると、堀の重臣樋口三郎左衛門の所にいま竹中半兵衛が身を寄せているので、まず、半兵衛を説得して、堀次郎を信長方にするのがよいと策を授けました。
それで浅井領の長亭軒(松尾山)にいた半兵衛公を秀吉や前野たちが訪ねました。これが公と秀吉の初めての出会いです。
秀吉は自分が信長につかえているのは、欲得ではなく、天下の泰平、百姓や民の安穏な生活を願ってのことであり、信長の本心もそこにあると切々と誠実に半兵衛公に話しかけ、どうか自分に力を貸してほしいと頼みます。
秀吉の真情に心を打たれた半兵衛公は彼の頼みを承諾します。
公は樋口三郎左衛門と堀次郎を説得し、調略に成功しました。これは堀次郎の支城があったところの某家から堀次郎は信長の陣屋に入ったという内容の公の名と判のある回状の写しが発見されているので、真実だと分かります。
この後すぐに姉川の戦いが始まります。そこでも半兵衛公は秀吉に陣替えを献策し、味方を勝利に導くのに役立ちました。この時の公の智謀と作戦指揮の非凡さに蜂須賀小六や前野長康たちはおどろいたと『武功夜話』に記されています。
これから後も公は活躍します。
その5に続く
注 吉田雄翟著『武功夜話』