竹中半兵衛ツアー第一回の1
私は14歳の時に竹中半兵衛公を知り、以来資料や記事、彼を描いた小説を10人程読み比べたりしておりました。
2年前に同い年の友人が相次いで亡くなられたので、自分がもういつ死んでもおかしくはない年になったのだと悟りました。
そこで思い当たったのです。
私は半兵衛公の所縁の地に行ったことが無い、所縁の品を自分の眼で見たことも無いと。
ならば動ける今の内に一つでも多く見に行こう!そう決心したのです。
名付けて"竹中半兵衛ツアー"です。
まず初めはお墓参りだと思ったのですが、半兵衛公の兜の"一の谷の兜"の展示がその時に開催されていて、次の展示はいつになるかわからないと福岡市博物館の学芸員さんにお聞きしたので、第一回は兜を見に行くことにしました。
飛行機の予約をした頃、このアメーバブログで半兵衛の采配が黒田官兵衛に秀吉の命で譲られたという記事を見つけました。
そこで博物館に再度電話して"半兵衛公の采配はありますか"とお尋ねしましたら、それは美術館の方ですと言われました。
美術館に同じ質問をしましたら、しばらく待たされて学芸員の方がお出になりました。
"私はそのような話は聞いたことが無い。どの書物に書かれているのですか"と聞かれたのです。
私は困りました。全く知りません。しかし、知らないと答えたら、きっと見せてもらえない、ならばそのブロガーさんに教えて頂こう思い、"はい、分かりました。調べてご連絡を致します"とお答えしてしまいました。
しかし、ブロガーさんに何度お尋ねしてもお返事は来ませんでした。
この続きは明後日にお話し致します。私はどうしたのでしょう?
注. 一の谷の兜は半兵衛公の死後秀吉の命で福島正則に譲られ、その後黒田長政と諍いの和睦の印としてお互いが兜の写を交換したので、福島家から黒田家の所有となりました。(本山一城氏著作『竹中半兵衛と黒田官兵衛』より)