よもやま話 生きている
私は56歳の時に子宮体がんと宣告されました。
動揺しましたが、なぜかその時には自分が死ぬかもしれないとは思いませんでした。
そしてある大学病院で手術を受けた時、同じ病気で入院していた方二人と友達になりました。
退院後、抗がん剤治療で毎月二泊三日の入院を六回しました。
二人のうち一人(Aさんとお呼びします)は私と同じ頃退院されましたが、もう一人(Bさんとお呼びします)はずっと退院できなかったので、お互いに治るよう、頑張ろうねと励ましあっておりました。
5回目の抗がん剤入院の頃、Aさんが再発して、再び入院されました。
私は幸運にも抗がん剤治療を終えた後は定期検査を受けるだけで済みましたが、その都度Bさんをお見舞いしておりました。
B さんは手術を繰り返し受けて、1年ほど入院しておられましたが、ある時から姿が見えなくなり、退院されたと聞きました。
Aさんも定期検査の時に病棟に訪ねましたが、お会いできなくなりました。名刺を頂いておりましたので、電話をかけても、全くつながらなくなりました。
ちょうど10年目の定期検査が終わり、卒業、もう来なくていいよと医師に言われた日に、私が手術の時にお世話になった看護師さんに、偶然病院の売店でお会いしました。
AさんとBさんについてお聞きしたら、二人とも亡くなられたよと言われました。
AさんもBさんもがんと闘って、闘って、力尽きて亡くなられたと聞きました。
同じころ同い年の知人二人が突然死されましたので、初めて"死"を痛烈に意識しました。自分も死ぬかもしれない、もうそんな年なんだと。
だけど今私は生きている。元気だ。私より若かった彼女たちは、どれほど生きたかっただろう。やりたいことが山ほどあっただろうと心が痛みます。
だったら、彼女たちの分までやりたいことをやっておこう、そう心に決めました。
それで竹中半兵衛ツアーを始めました。
せめて彼女たちを供養するため、時々お寺でお経をあげてもらっています。
私が元気で生きていられるのは、彼女たちが守ってくれているからかもしれません。