坑夫の大不足から卍巴の爭奪戰, あの手この手の甘言を弄し引拔きの暗躍活潑
京城日報
1938년03월30일
【平壤】平南、北兩道(平安南道、平安北道)の各種鑛業界は正に飛躍時代に入り未曾有の活況を呈してゐるが、此の反面、坑夫の大量不足を來し業者達は必死となつて坑夫の爭奪戰を展開、新規坑夫の募集並に現坑夫の脫出防止に努めてゐる。現在平南北兩道における坑夫の不足は各々約一萬人位であるが、本府の鑛産物増産計畫の実施に伴ひ之が不足は益々深刻を極めるに至つたので平北の業者は遂に平壤に進出、事務所を設置し積極的に引抜き並に新規募集を開始、驚いた平南の業者達は一致團結して引抜きを防遏(ぼうあつ)するため平壤近郊の各驛に脫出坑夫監視員を配置、防戰に努めてゐるが、坑夫引抜の手は平北のみでなく南鮮からも延ばされてをり平南は南北に挟撃される形で当局の乗出しを要望してゐる。
*この頃になると戦時体制となってきて、朝鮮半島でも鉱山や工場での増産が始まってきたことが窺える。一方、南朝鮮から日本内地への出稼ぎ希望は絶えず、労働者に必要とされた渡航証を得られない者は渡航証の偽造や密航をしてまで日本内地に来ようとしていた。

