2か月に1度の京都の教室は、毎回フランスの1地方をテーマにその地方のお菓子を
3品、作っています。今回は、アルザスの隣りのロレーヌ地方です。アルザスととも
に戦時中はドイツに占領されていた地域。アルザスほどドイツの影響は受けていない
ものの、今回作ったメッスのチョコレートケーキのメッスは町の名前ですが、呼び方
は、ドイツ語ですとメッツ。人々はそれを嫌ってメッスと呼んでいます。今回は、以
下の3品を作りました。
*メッスのチョコレートケーキ
*ヴィジタンディーヌ
*ロリケット
メッスという町に伝わるチョコレートケーキがあります。今ではお店では売っていま
せんが、注文や家庭で作られる伝統菓子。しかし、ここで疑問。どうしてチョコレー
トのお菓子がロレーヌ地方にあったのか、ということです。チョコレートは大航海時
代、南アメリカからスペインがまず手に入れたんですね。それをフランスの宮廷でも
飲むようになった。それとは別に、スペインから亡命したユダヤ人が17世紀、フラ
ンス・バスク地方でチョコレート工房を開いた、これがフランスで最初のチョコレー
ト工房です。
なのでバスクのバイヨンヌに行けば、チョコレート屋さんが沢山あります、が、そこ
から遠いロレーヌでなぜ?私が思うに、これはやっぱり宮廷のつながりでしょう。
18世紀ロレーヌ地方は、スタニスラス・レクチンスキーというポーランドの王権争
いに敗れた公爵がルイ15世の妻、マリー・レグザンスカの父親だったこともあり、
ロレーヌ地方を治めることになったのです。レクチンスキー公は、グルメでパティシエのストレールにババの前身を作らせたり、マドレーヌの名付け親になったりしています。
しっとり柔らかいこのチョコレートケーキは、当教室でも大人気です。
ヴィジタンディーヌは、言ってみればフィナンシェなんですが、ヴィジタンディーヌ
もフィナンシェも、最初にお菓子がありきで、それは名前がつけられていなかった。
フィナンシェは、革命後、パリ2区の証券取引所のそばに店を構えていたパティシエ
が、証券取引所に出入りする忙しそうな財政家たちのために食べやすい形にして、名
前もそれっぽくつけたんですね。
ヴィジタンディーヌは、こちらも修道院(訪問修道院、Monastere de la
Visitation)で作られたので、その名をとって、ヴィジタンディーヌとして、革命
後、人々が知るようになりました。
(そうそう、25年続いたフランスツアー初回はロレーヌを訪問。バール・ル・
デュックのアンドレ・コルデルさんにヴィジタンディーヌを教わったのですが、こん
な村に日本人が来た、しかも、お菓子を習いに!?というので町の新聞の取材を受け
たのも懐かしい思い出です)
ロリケットもロレーヌ地方のルミルモンという町の修道院で作られたものです。こち
らはプラリネと蜂蜜入りのふんわり柔らかい卵白生地のお菓子です。しゅるけんのよ
うな変わった形は、ルミルモン修道院の敷地の形を表している言われています。
「マリー・アントワネットのお菓子」78ページにも記載しましたが、15才でたっ
た一人で嫁いだマリー・アントワネットがフランスに入って初めて親戚に会いまし
た。それが当時、ルミルモン修道院長をしていた叔母だったのです。叔母はきっとロ
リケットをアントワネットに差し入れて、移動の疲れと寂しさを癒していたにちがい
ありません。
ノンアルコールのカクテルも作りました!
京都教室、次回は、7月18,19日です。
京都教室のご案内は、HPに記載がありませんので、HPお問い合わせの箇所から、また
はSNSでのDMをいただけますとうれしいです。
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#メッスのチョコレートケーキ
場所は、京都御所近く
@sinless_afternoontea_sweets
































