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感じる科学、味わう数学

科学は、自然そのものというより、モデルです。数学は、関係性を捉える枠組みです。
だから、正しいか否かより、大事なのは視点です。

 ラオス北部の森に1泊2日で入り込んだ。
 写真左は蟻玉。葉っぱの中には蟻が詰まっている。熱帯雨林のジャングルでは土の中ではなくて、葉っぱの中に巣を作るということか。
 写真中は蜂玉。蜂の巣なんだろうけれど、表面にもびっしりと蜂が張り付いている。中には美味しい蜜があるらしいが、手を出すのは危険だとガイドさんは言う。
 写真右は根っこ玉。大木を支える幹のように見える部分、大木にまとわりつく蔦のように見える部分はすべてこの大木の根だと言う。樹齢は千年だとか。

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 夏で雨季の森の中はサウナの中にいるみたいだが、この季節ならではのものもあったはずだ。ドリアンかじりながら歩けるのも、この季節だけだ。
 ラオス北部のルアンナムターからモーター・バイクに乗って中国との国境ボーテンまで行った翌日に、またまたモーター・バイクでムアンシンの方に行ってみました。ルアンナムターよりさらに奥まったところにある街で、中国・ミャンマーとの国境に近いエリア(かつての呼び名で言うとゴールデン・トライアングル)です。ルアンナムラーからムアンシンまでは片道58km、道すがらいくつかの村を見学しながら、片道2時間ほどの道のりです。
 さて、ムアンシンから10kmほどのところに、前日に行ったボーテンとは別の中国との国境があります。せっかくムアンシンまできたからと、ついでに僕はそこまで足を伸ばしました。そこは外国人は通れないけれど、中国人・ラオス人は通れます。前日に行ったボーテンが外国人も通れるのと比べると、よりローカルな国境です。(写真右)

 そこでわかったこと。僕なりの予測を交えて書きますね。
 かつてのボーテンのいかがわしさは、ボーテンの開発と連動する形でムアンシンの方に移動しているみたいです。そこを通って中国人が物価の安いムアンシンに遊びに来るわけです。ムアンシンには中国人向けのホテルが何軒もありました。僕が普段使っているホテル予約サイトでは全く出てこないホテルです。
 中国人はそこで何をするか。そんなことは僕にはわかりませんが、次回のラオス旅行でムアンシンに泊まれば、その辺の事情が見えてくるでしょう。僕がムアンシンに泊まる目的は少数民族の村訪問ですが、民族的には大きく違わない中国・雲南省からそれを目的にやってくるとは考えにくいと思うのです。

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 ムアンシンからルアンナムターへの帰り道、道路脇で村人がにわかマーケットを開いていました。タケノコやキノコやフルーツにナッツの類、その日に森で採れた食材を並べています。(写真左)
 それはそうと、半そで・半ズボンで2日間モーター・バイクに乗っていたせいで、もものおもて面・下半分がヒリヒリ痛い。数日後にはムズムズ・ボロボロになりそうです。
 モーターバイクを借りて、ルアンナムターから中国との国境のボーテンまで行ってきた。山の中に突然工事中のビル群が現れる。ボーテンの街をフリーポート(免税都市)にするための工事だ。
 展示場なるものがあったので中に入ってみた。完成したときの街並みの模型があったり、中国の昆明からタイのバンコクまで鉄道・道路が通じる未来像を描いていたりして、とても華やかな印象だ。中国人のフリして、マンション投資するような顔して、いろいろ見てきた。出稼ぎの中国人労働者に見えたかもしれないが。
 ラオス国内でありながら、建設労働者の多くは中国人で、キープ(ラオスの通貨)よりも元(中国の通貨)が通じる。明らかに中国主導なのだが、それでもラオスにもおこぼれはあるはずだ。5年もすればだいぶ出来上がって、もしかしたらとてもホットな場所になっているかもしれないな。
 おそらくカジノ(中国人の富裕層向け)とかもできるのだろう。税関の建物は出来ていて、すでに稼働していた。荷物を満載した大型トラックが列をなして進んでいくので、砂埃だらけだ。ボーテンに至る道すがら、鉄道の建設工事も進んでいて、すべては中国の「一帯一路」の一環なのである。

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 ラオスのルアンナムターから1泊2日のジャングル・ツアー(トレッキング&村に宿泊)に出かけた。泊まったのは、標高1300mの尾根伝いに広がるアカ族の村(Phouvanh village)。

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 ところで、今の季節は夏で雨季。暑いし雨が降るしで、ここルアンナムターはシーズン・オフです。というわけで、ツアー参加者は僕一人。ガイドさんとマン・ツー・マンの旅でした。
 ガイドさんのお仕事はジャングルを案内するばかりではなく、1日目の夕食と2日目の朝食・昼食と3度も食事を作ってくれました。村人と同じように水場から水を運び、村で買った鶏をさばいて、火をおこして薪で調理するわけです。
 さすがにカムー族、子供の頃からやっていることだと言っていましたが、それにしても大変な作業です。しかも僕一人のためにやっているわけです。こんなことまでしてもらって、1泊2日で US$110 はなんだか申し訳ないというか。。。

 少数民族の村は昼間に訪れるより、泊まるといろいろ見えてきます。次回はまた他の村に泊まってみたいと考えているところです。
 ラオスのルアンナムターから1泊2日のジャングル・ツアー(トレッキング&村に宿泊)に出かけた。泊まったのは、標高1300mの尾根伝いに広がるアカ族の村。そこでの光景です。

 まっすぐに伸びた木の幹を子供たちがスルスルと登っていく。あっち(上右)でも、こっち(上左)でも。足を掛けるところが見当たらなくて、僕がやってみたが1秒も木にしがみついていられなかった。

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 女の子も登る(下右)。男の子よりは多少控えめだが、就学前の女の子も屈託なく登っていく。
 下左で木に登っているのは、実は僕だ。大木に巻きついた木だか蔓だか根っこだかが足場になって、こちらは登りやすかった。

 ラオスの山の中であろうと日本の街中であろうと重力加速度は 9.8m/s2 で同じはず。その力は子供にも大人にも等しく働く。計算上はそういうことだ。また同じホモ・サピエンスだから、多少の個人差はあるにせよ、体の構造は変わらない。アカ族の子供にできることが、日本の子供にできないはずはない。
 さて、アカ族の子供たちと日本の子供たちの違いはなんだろう。それについていろんな言い方ができるだろうけれど、僕は次の1点を挙げたい。それは、

  木に登ったとき、「危ない」とか「気をつけて」とか「降りなさい」とか、誰にも言われないこと

 日本でこれをやったら、大人たちは口をそろえて「危ないから、やめなさい」と言うに違いない。ところが、アカ族の子供たちに対しては誰もそんなことを言わない。その差だけなのかもしれないな、と。
 僕が木に登ったら、ガイドさんが言った。「Be careful!」(気をつけろよ)。余計なこと言うな。その言葉が日本人を木登りできない民族にしちゃったんじゃないか。そう思いながら、もっともっと上まで行けそうだったが、これくらいで引き下がった。