環境が圧縮されたものが

生物であり、ヒトである



自然や世界観含め


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それらの環境の

圧縮したものが

ヒトであり


それは縁起によって結合して変化を繰り返して


また再び縁起で分離していく


それは全ての生命がそうであるように



身体的特徴

世界観

価値観

気性


好き嫌いに至るまで


とんでもないルーツが我々を構成している


あるものは仕方ない


ないものも仕方ない



変えられないものを受け入れる賢さと

変えられるものを変える勇気


昔の人のよくできた言葉だが



環境は我々だ


生きることは大自然の未知の森


選択はその道を歩くこと



我々は環境そのものだけれど


それがわかるほど聡明でもない



あなたが深淵をのぞくとき、

深淵もまたあなたを見ている


という言葉があったが



環境もそうであるようにおもう



たとえば

エジプトピラミッド発見の父、吉村氏は

ピラミッドに一目惚れした10歳の時から

全く同じ情熱でピラミッド発掘に80歳を超えた今でも取り組む。


『名誉も金も興味はない。発見したい。

そのために、産まれてきた。』


100億をはるかに超えるお金をそこにかけ、自身は一人暮らしで慎ましく自炊していた。

発掘したものは全て寄付してしまうそうだ。




養老孟司氏とのインタビューで知った

南僧侶のインタビューをふいに見つけた


彼もまた子どもの頃からの問いを人生を賭けて追っている


僕がそんな少し少数派の人を好きなのは

会った事のない同志のように感じるからかも知れない




https://youtu.be/8EG935ca54U?si=mUHOLqNZv9yQLd06