5月5日(土) 天気予報は晴れ 最高気温は24℃ 降水確率は0%のツーリング日和で9:00に出発する。
ゴールデンウィークで観光地は避けて、知人から教えてもらった、滋賀と京都の石仏と古墳を訪ねる。
大津市の伊香立浜大津線の滋賀里から西の比叡山方面 旧山中越へ
百穴古墳群
滋賀里の西方山中の山中越の旧道沿いにある。比叡山の東麓一帯には、総数1000基を越えるともいわれる古墳が密集しています。これら古墳の多くは、6世紀後半から7世紀前半(1550年~1450年前)に集中してつくられ、石室の形や出土している副葬品などから渡来人のお墓といわれています。






百穴古墳群から100m行くと志賀越道磨崖阿弥陀仏がある。
志賀越道磨崖阿弥仏
像高42cm 鎌倉時代の阿弥陀磨崖仏。舟形光背を彫り窪めた中に蓮華座に座っておれれました。


志賀越道磨崖阿弥陀仏から100m行くと志賀の大仏がある。
志賀の大仏
旧山中越(志賀越)の途中、旅人が道中安全を祈願したと言われている阿弥陀さんです。高さ3.5m
幅2.7mか花崗岩に厚肉彫りしてあります。鎌倉時代(13世紀)中期頃に作られたと考えられている大仏です。


志賀の大仏から100m程行き砂利道なので、PCXを置いて歩いて400m先の崇福寺跡へ


途中に金仙滝(滝の横に石室?)



崇福寺跡
飛鳥時代後期から室町時代にかけて存在した寺院の遺跡。崇福寺は668年に天智天皇の命により、近江大津宮の北西の山中に建立され延暦年間に十大寺に選ばれるなど栄えたが、たびたび火災にみまわれるなどして衰退し、室町時代には廃寺となった。
史跡崇福寺跡は、3つの尾根に主要建物跡が存在する。北尾根の金堂(弥勒堂)跡。


崇福寺跡から山中越の山中町へ
山中町 西教寺の阿弥陀仏
山中町の西教寺の道に面してある。背の高い花崗岩に高さ2.7m 幅1.7mの阿弥陀如来坐像が彫り出されている。鎌倉時代末期に造られたもの。京都と大津を結ぶ山中越の旧道に面し、道行く人々の安全を祈ったもの。


山中町 極楽寺の石仏群


山中町入り口の役行者洞


山中越で京都へ 混雑する前に早目の昼食へ
先日 テレビ番組「魔法のレストラン」で菊乃井の村田さんが麺の美味しい店と紹介していた 百万遍の北にある新ますへ
ラーメン 新ます
この店は、昼はラーメン店「新ます」として営業、夜は居酒屋「樽八」てして営業している。ラーメンは色々な味の5種類あります。


幻の中華そば(和牛テールスープ)大 1100円と餃子 7個300円。(他のラーメン並は700円)旨い😊

昼食後 百万遍の知恩寺へ
知恩寺
浄土宗大本山の一つ。法然上人の弟子 源智上人が師の遺跡であり下鴨神社の神宮寺であった「功徳院」を師の恩徳を偲び「知恩寺」とした。元弘元年(1331年)京都で大地震が起こった際、後醍醐天皇から「百萬遍」の勅号を賜った。


本堂


知恩寺から今出川通を東へ
北白川 阿弥陀石仏
北白川の阿弥陀二尊とも花崗岩製。右側は鎌倉時代前期、左側は鎌倉時代中期の作で、高さは1.5m。


阿弥陀石仏の近く今出川通から吉田山へ
吉田山
先日 テレビの「ぶらタモリ」で吉田山を紹介していた。吉田山は左京区吉田神楽岡町に所在する孤立丘。歴史的には吉田山でなく神楽岡と呼ばれた。標高は105mである。南北800m・東西300mあり、周囲より50m~60m突出している。比叡山から花折断層により分離・隆起したとされる。丘陵一帯は吉田神社の境内である。


参道から京都市内を望む

吉田山山頂近くの茂庵(山頂のカフェ&お茶室は満員)

吉田山山頂から大文字山を望む

吉田山山頂から京都大学側(西)へ下り吉田神社へ
吉田神社
貞観元年(859年)藤原山蔭卿が春日の神を勧請し、平安京の鎮守神にしたのが起こり。室町期吉田兼倶卿が吉田神道の唱え権威を高めた。本殿は慶安年間(1648年~52年)再建の春日造。境内に重文の「斎場所大元宮」ほか摂社、末社が多数。拝観料は無料 ・ 無休 ・ 駐車場は無料(参拝中に限る)


当日は、結婚式(三三九度の最中)お幸せに❤

吉田神社から今出川通に戻り子安観音石仏へ
北白川 子安観音石仏
鎌倉時代中期作、石仏が安置されたという。北白川石仏 ・ 北白川子安観音 ・ 弥勒石仏 ・ 太閤さんの石仏とも呼ばれた。大日如来 ・ 阿弥陀仏ともいい古くより子安観世音として地域の信仰を集めた。




北白川の子安観音石仏から帰路へ 帰り道で祭りの神輿の行列が数ヵ所有りましたが 14:30と早い帰宅でした。
新たな発見が有り 楽しいツーリングでした。😊
ゴールデンウィークで観光地は避けて、知人から教えてもらった、滋賀と京都の石仏と古墳を訪ねる。
大津市の伊香立浜大津線の滋賀里から西の比叡山方面 旧山中越へ
百穴古墳群
滋賀里の西方山中の山中越の旧道沿いにある。比叡山の東麓一帯には、総数1000基を越えるともいわれる古墳が密集しています。これら古墳の多くは、6世紀後半から7世紀前半(1550年~1450年前)に集中してつくられ、石室の形や出土している副葬品などから渡来人のお墓といわれています。






百穴古墳群から100m行くと志賀越道磨崖阿弥陀仏がある。
志賀越道磨崖阿弥仏
像高42cm 鎌倉時代の阿弥陀磨崖仏。舟形光背を彫り窪めた中に蓮華座に座っておれれました。


志賀越道磨崖阿弥陀仏から100m行くと志賀の大仏がある。
志賀の大仏
旧山中越(志賀越)の途中、旅人が道中安全を祈願したと言われている阿弥陀さんです。高さ3.5m
幅2.7mか花崗岩に厚肉彫りしてあります。鎌倉時代(13世紀)中期頃に作られたと考えられている大仏です。


志賀の大仏から100m程行き砂利道なので、PCXを置いて歩いて400m先の崇福寺跡へ


途中に金仙滝(滝の横に石室?)



崇福寺跡
飛鳥時代後期から室町時代にかけて存在した寺院の遺跡。崇福寺は668年に天智天皇の命により、近江大津宮の北西の山中に建立され延暦年間に十大寺に選ばれるなど栄えたが、たびたび火災にみまわれるなどして衰退し、室町時代には廃寺となった。
史跡崇福寺跡は、3つの尾根に主要建物跡が存在する。北尾根の金堂(弥勒堂)跡。


崇福寺跡から山中越の山中町へ
山中町 西教寺の阿弥陀仏
山中町の西教寺の道に面してある。背の高い花崗岩に高さ2.7m 幅1.7mの阿弥陀如来坐像が彫り出されている。鎌倉時代末期に造られたもの。京都と大津を結ぶ山中越の旧道に面し、道行く人々の安全を祈ったもの。


山中町 極楽寺の石仏群


山中町入り口の役行者洞


山中越で京都へ 混雑する前に早目の昼食へ
先日 テレビ番組「魔法のレストラン」で菊乃井の村田さんが麺の美味しい店と紹介していた 百万遍の北にある新ますへ
ラーメン 新ます
この店は、昼はラーメン店「新ます」として営業、夜は居酒屋「樽八」てして営業している。ラーメンは色々な味の5種類あります。


幻の中華そば(和牛テールスープ)大 1100円と餃子 7個300円。(他のラーメン並は700円)旨い😊

昼食後 百万遍の知恩寺へ
知恩寺
浄土宗大本山の一つ。法然上人の弟子 源智上人が師の遺跡であり下鴨神社の神宮寺であった「功徳院」を師の恩徳を偲び「知恩寺」とした。元弘元年(1331年)京都で大地震が起こった際、後醍醐天皇から「百萬遍」の勅号を賜った。


本堂


知恩寺から今出川通を東へ
北白川 阿弥陀石仏
北白川の阿弥陀二尊とも花崗岩製。右側は鎌倉時代前期、左側は鎌倉時代中期の作で、高さは1.5m。


阿弥陀石仏の近く今出川通から吉田山へ
吉田山
先日 テレビの「ぶらタモリ」で吉田山を紹介していた。吉田山は左京区吉田神楽岡町に所在する孤立丘。歴史的には吉田山でなく神楽岡と呼ばれた。標高は105mである。南北800m・東西300mあり、周囲より50m~60m突出している。比叡山から花折断層により分離・隆起したとされる。丘陵一帯は吉田神社の境内である。


参道から京都市内を望む

吉田山山頂近くの茂庵(山頂のカフェ&お茶室は満員)

吉田山山頂から大文字山を望む

吉田山山頂から京都大学側(西)へ下り吉田神社へ
吉田神社
貞観元年(859年)藤原山蔭卿が春日の神を勧請し、平安京の鎮守神にしたのが起こり。室町期吉田兼倶卿が吉田神道の唱え権威を高めた。本殿は慶安年間(1648年~52年)再建の春日造。境内に重文の「斎場所大元宮」ほか摂社、末社が多数。拝観料は無料 ・ 無休 ・ 駐車場は無料(参拝中に限る)


当日は、結婚式(三三九度の最中)お幸せに❤

吉田神社から今出川通に戻り子安観音石仏へ
北白川 子安観音石仏
鎌倉時代中期作、石仏が安置されたという。北白川石仏 ・ 北白川子安観音 ・ 弥勒石仏 ・ 太閤さんの石仏とも呼ばれた。大日如来 ・ 阿弥陀仏ともいい古くより子安観世音として地域の信仰を集めた。




北白川の子安観音石仏から帰路へ 帰り道で祭りの神輿の行列が数ヵ所有りましたが 14:30と早い帰宅でした。
新たな発見が有り 楽しいツーリングでした。😊