茂吉入門:茂吉のエピソード | 思い立ったが吉日! -北海道212市町村カントリーサインの旅-

茂吉入門:茂吉のエピソード

新宿のムーラン・ルージュのかたすみにゆふまぐれ居て我は泣きけり
 

茂吉

 
こんにちは、おぉ茂吉です。
 
 
今回は茂吉のエピソードを紹介しようと思います。
 
 
 
茂吉氏はかなりの食いしん坊であったようです。
 
中でも鰻
が大好物で、戦時中戦後の物不足の時期にも事前に購入して蓄えていた鰻の缶づめを食べていたんだそう
 
味噌汁の具にも口うるさく注文し、家人からねぎもあるので入れるかと聞かれた時は「うーむ。」としばらく熟考するほどこだわったそうな。
 
 
  
食いしん坊とは親近感が増しますね。
 
喫茶マリンに連れて行ったらさぞ喜ぶでしょうね。
 
 
 
 
 
 
学生時代の北杜夫が短歌を作って茂吉に手紙で送ると、二重丸などをつけて

「父の『赤光』時代の歌に似ている。勉学の間に少し作ってみるといい。」

と批評文を返信していたそうです。

ですが、成績が悪いことを知ると態度が一変して

「大馬鹿者!短歌などすぐやめよ!」

と激しい言葉を書き連ねた手紙を書き送り、その後も北が文筆活動を続けると知ると、

「文学なぞ絶対にやらせん。」

と言い続けていたそうです。
 
 
 
 
頑固おやじですね。
 
息子が文学者になるのを反対する文学者の父。
 
このプロットはどっかで見ましたね。
 
えぇ、あの映画ですね。
 
観てない人多いと思うので書きませんが。
 
  
 
 
 
夜尿症で中学時まで寝小便が治らなかったらしい。
 
それが息子の斎藤茂太
やその孫にまで遺伝していました。
 
普段も頻繁な便意に悩まされ、疎開中には、バケツを借りて用を足していたそうです。
 
バケツには「極楽」と名付けていたが、使用後、「洗えばいい。」とそのバケツに野菜などを入れて周囲を驚かせました。



 
 
 
極楽ですか。
 
きっとサッポロビール庭園みたいな感じでしょうか。
 
琥珀色の・・・

ごめんなさい。 

みなまで言いません。

  
 
では、また次の記事で!