2011年の年末、連休中に読む本としてこの本を手に取りました。 そして、大晦日が来る前に読み終わり その直後にインターネットで文楽のチケットを手配しました。
面白かった。
とっても面白くて、 本物を観に行きたい! と強く強く思ったんです。
『仏果を得ず』は、
文楽の義太夫節を語る“大夫”として生きる青年の成長の物語です。
主人公の健大夫は、
高校時代の授業で無理矢理に観て聴かされた文楽で 現在の師匠である銀大夫の語りに心をわし掴みにされ 研修所を経て文楽の世界に入りました。
現実の世界では、
自分自身の実力不足や恋、世襲の人々との違いなどに悩みながらも それら全てを糧にして 義太夫を語り、文楽の世界を生み出し、その世界に生きて、自分を表現する。
閉塞感、破壊、恋慕、執念… そういった情念を健は義太夫に込めて語りあげ、大きな力へと昇華していきます。
この物語のクライマックスは、 主人公の健大夫が語る仮名手本忠臣蔵の「早野勘平腹切の段」です。
とある落ち度で主人の側を離れてしまい 殿中での主人の暴挙の際に何もできなかった勘平は 恋人と共に彼女の故郷へ逃げていきます。
それでも、何としてでも武士として仇討ちに加わりたいと思うあまり 勘平は人を殺して得た金を利用しようとします。
結局はそれが引き金となり切腹する事になるのですが その際に「仏果を得よ」と仲間から声をかけられます。
「仏果」とは、 仏教用語で、修業を積むことによって得られる悟りのことです。 つまり、「心静かに成仏せよ」と声をかけられたわけです。
ところが、そこで勘平は 「ヤア仏果とは穢らはし、死なぬ死なぬ。魂魄この土に留まつて、敵討の御供する!」 と言い切ります。
この時健大夫は
金色に輝く仏果などいるものか。成仏なんか絶対にしない。生きて生きて生きて生き抜く。
俺が求めるものはあの世にはない。俺の欲するものを仏が与えてくれるはずがない。
仏に義太夫が語れるか。単なる器にすぎぬ人形に、死人が魂を吹きこめるか!
と心の中で叫びます。
もう、この義太夫節を語るシーンが圧巻です!! 本物を聴いた事がなくても感動しました。
自分を表現したい!
今、この一瞬を精一杯に泥臭く人間臭く 生き抜く !
その健の想いが心を揺さぶるんです。
人と自分を比べて落ち込んだり
恋心に溺れて道を見失いそうになったりして
師匠や先輩たちに叱られながらも
自分の限界に挑み続け
自分の迷いや弱さと向き合い
泥臭くとも前に進み続ける健大夫は
きらきらきらと輝いていました。
一所懸命に生きたい、生きなきゃいけない 私の中に、そう思っている自分がいます。
でも、実際は 色んな言い訳をして、逃げてる。
だって怖いです。
一所懸命に生きて、ダメだったらどうしよう。 自分の精一杯を出して、ダメだったらどうしよう。
自分の限界なんて知りたくない。
でも、 健大夫の姿を観て、語りを聴いて これだけ感動する私がいるという事には
きっと意味があるのでしょう。
- 仏果を得ず (双葉文庫)/三浦 しをん

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