歌舞伎の「家の芸」って何??
少し、歌舞伎のお勉強です(笑)
よく歌舞伎ファンの方なら、「お家芸」「家の芸」という言葉を聞くと思いますが、
歌舞伎俳優の家には、それぞれの祖先から代々の俳優が受け継いできた大切な芸があり、これを「家の芸」と呼んでいます。
ちょっと例をあげてみますが、
歌舞伎十八番(かぶきじゅうはちばん)
- 市川團十郎 (7代目)選定
新歌舞伎十八番(しんかぶきじゅうはちばん)
- 市川團十郎 (9代目)選定
杏花戯曲十種(きょうかぎきょくじゅっしゅ)
- 市川左團次 (2代目)選定
猿翁十種(えんおうじゅっしゅ)
- 市川猿之助 (3代目)選定
澤瀉十種(おもだかじゅっしゅ)
- 市川猿之助 (3代目)選定
猿之助十八番(えんのすけじゅうはちばん)
- 市川猿之助 (3代目)選定
可江集(かこうしゅう)
- 市村羽左衛門 (15代目)選定
新古演劇十種(しんこえんげきじゅっしゅ)
- 尾上菊五郎 (5代目)
尾上菊五郎 (6代目)選定
片岡十二集(かたおかじゅうにしゅう)
- 片岡仁左衛門 (11代目)選定
高賀十種(こうがじゅっしゅ)
- 澤村宗十郎 (7代目)選定
淀君集(よどぎみしゅう)
- 中村歌右衛門 (5代目)選定
玩辞楼十二曲(がんじろうじゅうにきょく)
- 中村雁治郎 (初代)選定
秀山十種(しゅうざんじゅっしゅ)
- 中村吉右衛門 (初代)選定
こんな感じでしょうか・・・・。
たとえば、『歌舞伎十八番』という言葉は、ほとんどの方が知っていると思いますが、じゃあその十八番って??と聞かれると、私も覚えていませんので、全部は答えられません(笑)
『歌舞伎十八番』 市川團十郎 (7代目)選定
・不破(ふわ)
・鳴神(なるかみ)
・暫(しばらく)
・不動(ふどう)
・象引(ぞうひき)
・勧進帳(かんじんちょう)
・嫐(うわなり)
・助六(すけろく)
・押戻(おしもどし)
・外郎売(ういろううり)
・矢の根(やのね)
・関羽(かんう)
・七ツ面(ななつめん)
・毛抜(けぬき)
・解脱(げだつ)
・蛇柳(じゃやなぎ)
・鎌髭(かまひげ)
・景清(かげきよ)
ここまで書くと、聞いたことある演目があると思います。この中でも一番上演されているのが、『勧進帳』だと思いますが・・・。後は・・・・助六・暫・鳴神あたりでしょうか?私も、まだ観たことの無い演目もありますし、今は再演されていない物もあります。
(後ほど、調べていない演目を調べておきます)
現在までこうしたスタイルが残されているということが、また『歌舞伎十八番』の選定が他の「家の芸」の選定を促したということなど、歌舞伎が伝統芸能として発展し続けられた要因ともいえるでしょう。
さて、色々な方の「お家芸」の内容を書いてもいいのですが・・・それは、もう少し時間があった時にでも調べておきます。
次回の記事には、私が御贔屓にしています、澤瀉屋さんと市川猿之助丈の「お家芸」について書きたいと思います。
何故って?それは、のちほど後の記事に答えが出ますので、しばらく楽しみしておいて下さい!

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いま得! 市川右近と銀ブラ!
『いま得!』
12月13日(TUE) テレビ朝日 09:55~10:30
市川右近と銀ブラ!銀座の魅力満喫
【内容】
歌舞伎役者の市川右近さん・猿弥さん・春猿さんとともに銀座のお勧めスポットをご紹介します。
と、いうわけで・・・・
観た方はいらっしゃいますか???
私は観られませんでしたが・・・・・。
聞くところによると、右近丈がひっぱていた??ようだとか・・・。
しかも、「狸御殿」チームなのに、笑也丈がいないかったのは何故???
<余談>
銀座とくればあのお店は?と思いましたが、紹介されませんでした。
しかも、澤瀉屋3人なのに・・・・・。
まあ、銀座は支店だし、本店の方が紹介するのには良かったのかな~。
私は、行ってこようと思っていますが、やっぱり本店の方に行ってみたいかも!。
(知っている人は、このコメントでお店が分かるはずですよね~)
<紹介したお店>
1.イオンセラピー&マッサージ フォレスト
03-5565-9506
2.シチューの店 銀之塔
03-3541-6395
3.喫茶&サンド YOU
03-3541-5204
4.ぎんざ 力
03-5568-2223
5.菜処 梅の花
03-5568-5505
6.新橋演舞場情報
03-3541-2600
紹介した施設
1)テイクアウト 軽食かべすデリ
2)食事処 雪月花
3)おそば・おでん処 かべす茶屋
4)売店 賑

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メロメロパーク
昨日、自分の画面を見たら、
なんと
かたつむり
がいました!!!!
すっごくビックリして、アイテムゲット忘れるところでした。

なんか、可愛く寝てます。
合体!!!??


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天衣紛上野初花 (国立劇場)
今回、国立劇場には行かれませんでしたが、批評が載っていたので読んでみたのですが、やっぱり歌舞伎はいいですね。
出来れば、本当に1ヶ月に1回は観劇したいものです。
今年は、断念した歌舞伎が多かったので、来年こそは資金繰りを上手くして、なるべく多く観劇をしたいと思っています(笑)
幸四郎の河内山、時蔵の三千歳、染五郎の片岡直次郎の配役による黙阿弥の人気作品の通し上演。河竹登志夫監修。
今回は松江侯を相手にしての河内山の活躍と、直次郎・三千歳の恋模様を描いた二つの主筋にプラスし、カットされることの多い吉原「大口屋」での三千歳を巡っての金子市之丞(左團次)を交えた4人のやりとりも上演され、二つの流れのかかわりが、はっきりとした。
幸四郎が軽妙さと重厚さを併せ持ったお数寄屋坊主の河内山を造形した。東叡山の使僧になりすまして松江邸に乗り込み、松江侯(彦三郎)をやり込めていくくだり。緩急の付け方がたくみなので、気持ちよく見ることができる。捨てぜりふの「ばかめ」にも嫌みがない。彦三郎は、気短な松江侯を品位を保ちつつ描いた。幸右衛門の大膳、段四郎の小左衛門、高麗蔵の数馬、宗之助の浪路と周囲もそろう。
染五郎初役の直次郎は「蕎麦屋」での動きが、きびきびとして粋だ。一本線の通った強さがあり、それが時蔵の柔らかさと、いいコントラストをなす。直次郎への思いが、強くにじむ三千歳で、美しく、悲しい恋人たちになった。「大口寮」での清元に乗せての色模様にも、しっとりとした情愛が出た。幸太郎と扇緑の夫婦が、場末のそば屋の雰囲気をよく出し、市蔵の丑松、丈賀の芦燕が好演。25日まで。
………………………………………………………
12月歌舞伎公演「通し狂言 天衣紛上野初花」
国立劇場大劇場
12月3日(土) ~ 12月25日(日)
序 幕 上州屋見世先の場
二幕目 吉原大口二階廻し座敷の場
吉原大口三千歳部屋の場
吉原田圃根岸道の場
三幕目 松江邸書院の場
松江邸玄関先の場
大 詰 入谷蕎麦屋の場
入谷大口寮の場
浄瑠璃「忍逢春雪解」 清元連中
(主な出演者)
松 本 幸四郎
市 川 染五郎
中 村 時 蔵
ほか
………………………………………………………
特別席 12,000円(学生8,400円)
1等A 9,200円(学生6,400円)
1等B 6,100円(学生4,300円)
2 等 2,500円(学生1,800円)
3 等 1,500円(学生1,100円)
…………………………………………………………………………
社会人のための歌舞伎入門
12月8日(木)・13日(火)・16日(金)
黙阿弥の世界へ ご案内役 市川染五郎
「天衣紛上野初花」-河内山-
序 幕 上州屋見世先の場
二幕目 松江邸書院の場
松江邸玄関先の場
………………………………………………………
「社会人のための歌舞伎入門」
1 等 5,000円(学生4,500円)
2 等 2,500円(学生1,800円)
3 等 1,500円(学生1,100円)

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『wa.sa.bi』 雑誌
和・沙・美/ゆとりと和みのある暮らし
『wa.sa.bi』
という雑誌が、12/7(水)¥680 発売されています。
そこに、
市川段治郎丈のインタビューが載っています!!
是非是非、観て見て下さいね。

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市川染五郎 傾奇(かぶき)おどり 不二才(ぶにせ)
速報です!!
いきなりの速報でビックリですが、行かれそうな方は是非行ってみてくださいね。
市川染五郎傾奇(かぶき)おどり
不二才(ぶにせ)
京都四條南座
平成18年1月29日(日) 午後3時~
<配役>
市川 染五郎
尾上 紫
尾上 青楓
<みどころ>
『魑魅魍魎的』『麻布十番ん』に続く新作第三弾!
市川染五郎が、俳優として、舞踊松本流家元として、自らの創作意欲をぶつける注目作。
京都の地にて、全身全霊をかける熱い舞台。
何が飛び出すか分からない1日・1回きりの公演。
【料金(税込)】
1等席・・・ 8,400円
2等席・・・ 5,250円
チケット 12月20日(火)10:00より

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上方歌舞伎 襲名と遺産指定を追い風に
先日、私が何となく書いた『上方歌舞伎vs江戸歌舞伎』の事が
記事になっていましたので、取り上げてみました!!
ちょっとビックリでした。
参考までに読んでみて下さいね!
歌舞伎俳優で人間国宝の中村鴈治郎さんが、上方歌舞伎の大名跡「坂田藤十郎」を二百三十一年ぶりに襲名し、京都・南座で披露公演を行っている。
歌舞伎は戦後の高度経済成長と反比例するかのように低迷してきた。特に関西は深刻な状態が続いたが、近年の歌舞伎ブームで上方歌舞伎にも光が差してきた。そこに若いころから藤十郎襲名を夢見ていた鴈治郎さんが満を持して名乗りを上げた。
坂田藤十郎は、上方歌舞伎史上の象徴的な存在である。二百年以上のブランクは大きいが、「平成の藤十郎」と呼ばれるような役者として、必ずや歌舞伎の再興を果たしてくれると期待したい。
江戸・元禄期は、江戸も上方も歌舞伎が隆盛を極めた。東西の中軸はそれぞれ初代市川団十郎、初代坂田藤十郎だった。団十郎が豪快な動きと派手なみえの「荒事(あらごと)」と呼ぶ様式美を生み出したのに対し、藤十郎は男女の愛を優美で写実的に表現する「和事(わごと)」を完成させた。藤十郎を原作で支えたのは近松門左衛門である。
東西の差は芸だけでなく、名跡の継承の仕方にも見られる。上方は実子でも名に値しなければ、あえて継がせなかった。藤十郎が三代で絶えていたのもそのためだ。かたや、団十郎は当代で十二代目となる。
三代目鴈治郎だった藤十郎さんは今回、家の名跡を自ら捨てた。藤十郎としても「四代目」をあえて名乗る気持ちはないと発言している。それは家の継承ではなく、上方歌舞伎を継ぐ覚悟ともいえようか。
二代目扇雀だった二十代のころ、近松作「曽根崎心中」のお初役の名演で一大ブームを巻き起こした。上方舞台芸術の宝というべき近松作品に心酔し、「近松座」を興して地道な上演も長く続けてきた。今回の襲名でようやく、時代を超えて、近松と藤十郎とのコンビが復活する。
襲名直前には、海外からビッグニュースも飛び込んできた。歌舞伎がユネスコ(国連教育科学文化機関)の「世界無形文化遺産」に登録されたのだ。日本では、能楽、人形浄瑠璃文楽に次いで三件目となる。
登録遺産は継承の危機にひんしたものが少なくないため、隆盛を極める東京の歌舞伎関係者の中には、「絶滅イメージ」を気にしての戸惑いもあるという。
だが、上方歌舞伎にとっては吉報と解釈したい。むしろ藤十郎襲名を機に、上方の伝統芸能継承の追い風にすべきだろう。
最近、関西文化の再興・振興が声高に叫ばれてもいる。関西の伝統に根ざした上方歌舞伎がそのけん引役になってほしい。

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記事になっていましたので、取り上げてみました!!
ちょっとビックリでした。
参考までに読んでみて下さいね!
歌舞伎俳優で人間国宝の中村鴈治郎さんが、上方歌舞伎の大名跡「坂田藤十郎」を二百三十一年ぶりに襲名し、京都・南座で披露公演を行っている。
歌舞伎は戦後の高度経済成長と反比例するかのように低迷してきた。特に関西は深刻な状態が続いたが、近年の歌舞伎ブームで上方歌舞伎にも光が差してきた。そこに若いころから藤十郎襲名を夢見ていた鴈治郎さんが満を持して名乗りを上げた。
坂田藤十郎は、上方歌舞伎史上の象徴的な存在である。二百年以上のブランクは大きいが、「平成の藤十郎」と呼ばれるような役者として、必ずや歌舞伎の再興を果たしてくれると期待したい。
江戸・元禄期は、江戸も上方も歌舞伎が隆盛を極めた。東西の中軸はそれぞれ初代市川団十郎、初代坂田藤十郎だった。団十郎が豪快な動きと派手なみえの「荒事(あらごと)」と呼ぶ様式美を生み出したのに対し、藤十郎は男女の愛を優美で写実的に表現する「和事(わごと)」を完成させた。藤十郎を原作で支えたのは近松門左衛門である。
東西の差は芸だけでなく、名跡の継承の仕方にも見られる。上方は実子でも名に値しなければ、あえて継がせなかった。藤十郎が三代で絶えていたのもそのためだ。かたや、団十郎は当代で十二代目となる。
三代目鴈治郎だった藤十郎さんは今回、家の名跡を自ら捨てた。藤十郎としても「四代目」をあえて名乗る気持ちはないと発言している。それは家の継承ではなく、上方歌舞伎を継ぐ覚悟ともいえようか。
二代目扇雀だった二十代のころ、近松作「曽根崎心中」のお初役の名演で一大ブームを巻き起こした。上方舞台芸術の宝というべき近松作品に心酔し、「近松座」を興して地道な上演も長く続けてきた。今回の襲名でようやく、時代を超えて、近松と藤十郎とのコンビが復活する。
襲名直前には、海外からビッグニュースも飛び込んできた。歌舞伎がユネスコ(国連教育科学文化機関)の「世界無形文化遺産」に登録されたのだ。日本では、能楽、人形浄瑠璃文楽に次いで三件目となる。
登録遺産は継承の危機にひんしたものが少なくないため、隆盛を極める東京の歌舞伎関係者の中には、「絶滅イメージ」を気にしての戸惑いもあるという。
だが、上方歌舞伎にとっては吉報と解釈したい。むしろ藤十郎襲名を機に、上方の伝統芸能継承の追い風にすべきだろう。
最近、関西文化の再興・振興が声高に叫ばれてもいる。関西の伝統に根ざした上方歌舞伎がそのけん引役になってほしい。

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最近・・・・
歌舞伎が好きです!と、いうコメントを下さる方が増えて来ました。
私も嬉しいです。
しかも、「ブログを読んで勉強しています。」と言って下さる方が
いるのには、感謝、感謝です。
あまり、難しく『歌舞伎』を考えると、かえって疲れてしまうと思います。
でもでも、やっぱり知っていた方がいいこともあるので、
私も、日々勉強しています。
後は、沢山観劇した方がいいですし、御贔屓の役者さん意外に、
この方の踊りは凄いとか、台詞に切れがあっていいと噂を聞いたら
即!観劇する事もお勉強です。何が良いのかとか、分かるようになります。
始めから、硬い演目や難しい演目だと、観劇から遠のいてしまいますので、
その辺は注意した方がいいかもです。
にしても、『歌舞伎は』高いのが辛い・・・・。
沢山観劇をしたい私でも、限界があるので・・・・(泣)
これからも、分かりやすく色々書いて行きますので
宜しくお願い致します。

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私も嬉しいです。
しかも、「ブログを読んで勉強しています。」と言って下さる方が
いるのには、感謝、感謝です。
あまり、難しく『歌舞伎』を考えると、かえって疲れてしまうと思います。
でもでも、やっぱり知っていた方がいいこともあるので、
私も、日々勉強しています。
後は、沢山観劇した方がいいですし、御贔屓の役者さん意外に、
この方の踊りは凄いとか、台詞に切れがあっていいと噂を聞いたら
即!観劇する事もお勉強です。何が良いのかとか、分かるようになります。
始めから、硬い演目や難しい演目だと、観劇から遠のいてしまいますので、
その辺は注意した方がいいかもです。
にしても、『歌舞伎は』高いのが辛い・・・・。
沢山観劇をしたい私でも、限界があるので・・・・(泣)
これからも、分かりやすく色々書いて行きますので
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江戸歌舞伎 上方歌舞伎
ちょっと久しぶりに、真面目に語ってみてみよと思います(笑)
【江戸歌舞伎vs上方歌舞伎】
歌舞伎好きの方に質問です!!
上方歌舞伎と江戸歌舞伎の違いって分かりますか??
実は、私もあまり気にしていなかったのですが、何故気になったかといいますと、最近、坂田藤十郎丈の襲名披露の話題が多いので色々記事などを読んでいて、上方なんだ~って思ったり、この前の片岡愛之助丈の生ラジオ番組で気が付いたり、ちょっと前に、市川染五郎丈と愛之助丈のトークショーでも、上方と江戸の違いを話していたので・・・。最近気になり始めていました。
しかし、役者さんを観て江戸?上方?ってどうやったら見分けられるのかと思ってしまいました。(まだ、修行がたりない!)
ちょっと調べたところ?上方歌舞伎役者は、中村 鴈治郎丈・中村 翫雀丈・中村 扇雀丈・片岡 我當丈・片岡 秀太郎丈・片岡 愛之助丈・片岡 仁左衛門丈・片岡 孝太郎丈・坂東 竹三郎丈・中村 富十郎丈このあたりの方々でしょうか・・・?
確か、上方歌舞伎役者に登録されていたと思いますが・・・・。
(実際は、どうか分かりませんが・・・(汗)もし、違っていたら、平に平に誤ります。)
さてさて、歌舞伎の発祥はといえば・・・・
江戸初期、京都で出雲の阿国(おくに)が男装して披露した踊りが歌舞伎の起源。
"出雲のお国"に始まった遊女歌舞伎が、時代を経てほぼ現代のような形になったのは、元禄の頃からだと言われていますが、江戸と上方(京都・大坂)では、歌舞伎の演出・型において顕著な違いをみせて、今日まで発展してきました。
上方の大坂歌舞伎と京都歌舞伎は、当初違った個性を発揮していたが、江戸後期になると、この二つの歌舞伎はほぼ一つのものとなり、1900年ごろに江戸歌舞伎と区別するため、大坂、京都の歌舞伎は総称して、上方歌舞伎と呼ばれるようになったそうです。
江戸は、徳川幕府が切り開いたばかりの新興都市。武士階級が中心の社会で、人口の過半が男性であるという。当然に人々の気は荒い。喧嘩沙汰も日常茶飯事です。
一方の上方。京都は千年の歴史を誇る古都です。公家の勢力は衰え、町人中心の歴史と伝統の町です。大坂も商人の町。金には関心があるが、喧嘩は御免という土地柄です。
こうした社会基盤の違いを背景に、江戸の「荒事(あらごと)」、上方の「和事(わごと)」というまったく異なった演出・型が形成されていきました。
江戸において、初世市川団十郎(1660-1704)が創設したという荒事芸は、赤い隈取り(くまどり)をした超人的な強さを持った正義の味方が、スーパーマン的活躍で悪人どもをやっつけるという、まことに単純だが明快な筋書きです。主人公の荒々しい隈取りと、ド派手な衣装でもって大衆を引き付けていきました。
これに対して、初世坂田藤十郎(さかたとうじゅうろう)(1647-1709)が始めたという和事芸に登場する人物は、高貴な若殿や金持の息子です。当然に二枚目で女にもてる。その彼らが、義理や色恋に弄ばれて卑しい姿に身をやつしていくという(この役どころを「やつし」といいます。)ものです。
基本的に、私は、「上方歌舞伎」の事はあまり良くわかりませんが、仁左衛門丈を始め、愛之助丈を観たりするようになってからは、気になったかなと・・・。どっちがと言えば、市川猿之助丈を御贔屓にしているので、「江戸歌舞伎」の方が好きなのかも・・・。
ちなみに『義経千本桜』といえば、三大義太夫狂言のひとつで、特に三段目、四段目は人気があるので、たびたび上演もされています。
上方と江戸でそれほどやり方が違うということはないそうですが、澤瀉屋さんは『四の切』を研究されて、人気のあるものにしてきましたが、澤瀉屋さんのやり方がもともとあった型ではなかったそうです。すし屋の場も、江戸のすし屋は澤瀉屋さんがやってきたような形で現在にいたっているそうです。従来のすし屋は、全くちがったものだったらしいです。今ではすっかり江戸前の権太が有名になっていますが、話し方やもともとの内容も違っていたようです。
この三段目は、もとは、上方の方が面白く出来ていたそうで、江戸風になっても面白く出来ているそうです。江戸のすし屋でも弥助は、キリっとしているような気がします。本来弥助実は維盛はお公家で、実際上方のほうがやわらかな感じだそうです。ただ、江戸のすし屋ですと、きっとスッとしたイキなほうが合って、上方の弥助は弱々しいけどかわいらしい感じだそです。
この場の上方と江戸の違いは、梶原のセリフが江戸はひとこと多いそうです。道具も多少違うそうで、相手が上方の役者さんだと相談して、両方を合せて演じるそうです。
この三段目をもっと詳しく観ると、上方と江戸の違いがわかるそうで、話し方、道具の使い方などを観ながら見るのも面白そうですよね。
実際、上方の役者さんがやっている『義経千本桜』の三段目は、拝見した事がありませんが、次回もし上演されるときは、上方の役者さんが出ていたら観にいってみようかなと思っています。
それにしても、だた1つを取ってもかなり違うとは・・・。歌舞伎は奥が深いですね。私も今回、色々調べてみてやっと上方歌舞伎と江戸歌舞伎が分かった気がします。

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【江戸歌舞伎vs上方歌舞伎】
歌舞伎好きの方に質問です!!
上方歌舞伎と江戸歌舞伎の違いって分かりますか??
実は、私もあまり気にしていなかったのですが、何故気になったかといいますと、最近、坂田藤十郎丈の襲名披露の話題が多いので色々記事などを読んでいて、上方なんだ~って思ったり、この前の片岡愛之助丈の生ラジオ番組で気が付いたり、ちょっと前に、市川染五郎丈と愛之助丈のトークショーでも、上方と江戸の違いを話していたので・・・。最近気になり始めていました。
しかし、役者さんを観て江戸?上方?ってどうやったら見分けられるのかと思ってしまいました。(まだ、修行がたりない!)
ちょっと調べたところ?上方歌舞伎役者は、中村 鴈治郎丈・中村 翫雀丈・中村 扇雀丈・片岡 我當丈・片岡 秀太郎丈・片岡 愛之助丈・片岡 仁左衛門丈・片岡 孝太郎丈・坂東 竹三郎丈・中村 富十郎丈このあたりの方々でしょうか・・・?
確か、上方歌舞伎役者に登録されていたと思いますが・・・・。
(実際は、どうか分かりませんが・・・(汗)もし、違っていたら、平に平に誤ります。)
さてさて、歌舞伎の発祥はといえば・・・・
江戸初期、京都で出雲の阿国(おくに)が男装して披露した踊りが歌舞伎の起源。
"出雲のお国"に始まった遊女歌舞伎が、時代を経てほぼ現代のような形になったのは、元禄の頃からだと言われていますが、江戸と上方(京都・大坂)では、歌舞伎の演出・型において顕著な違いをみせて、今日まで発展してきました。
上方の大坂歌舞伎と京都歌舞伎は、当初違った個性を発揮していたが、江戸後期になると、この二つの歌舞伎はほぼ一つのものとなり、1900年ごろに江戸歌舞伎と区別するため、大坂、京都の歌舞伎は総称して、上方歌舞伎と呼ばれるようになったそうです。
江戸は、徳川幕府が切り開いたばかりの新興都市。武士階級が中心の社会で、人口の過半が男性であるという。当然に人々の気は荒い。喧嘩沙汰も日常茶飯事です。
一方の上方。京都は千年の歴史を誇る古都です。公家の勢力は衰え、町人中心の歴史と伝統の町です。大坂も商人の町。金には関心があるが、喧嘩は御免という土地柄です。
こうした社会基盤の違いを背景に、江戸の「荒事(あらごと)」、上方の「和事(わごと)」というまったく異なった演出・型が形成されていきました。
江戸において、初世市川団十郎(1660-1704)が創設したという荒事芸は、赤い隈取り(くまどり)をした超人的な強さを持った正義の味方が、スーパーマン的活躍で悪人どもをやっつけるという、まことに単純だが明快な筋書きです。主人公の荒々しい隈取りと、ド派手な衣装でもって大衆を引き付けていきました。
これに対して、初世坂田藤十郎(さかたとうじゅうろう)(1647-1709)が始めたという和事芸に登場する人物は、高貴な若殿や金持の息子です。当然に二枚目で女にもてる。その彼らが、義理や色恋に弄ばれて卑しい姿に身をやつしていくという(この役どころを「やつし」といいます。)ものです。
基本的に、私は、「上方歌舞伎」の事はあまり良くわかりませんが、仁左衛門丈を始め、愛之助丈を観たりするようになってからは、気になったかなと・・・。どっちがと言えば、市川猿之助丈を御贔屓にしているので、「江戸歌舞伎」の方が好きなのかも・・・。
ちなみに『義経千本桜』といえば、三大義太夫狂言のひとつで、特に三段目、四段目は人気があるので、たびたび上演もされています。
上方と江戸でそれほどやり方が違うということはないそうですが、澤瀉屋さんは『四の切』を研究されて、人気のあるものにしてきましたが、澤瀉屋さんのやり方がもともとあった型ではなかったそうです。すし屋の場も、江戸のすし屋は澤瀉屋さんがやってきたような形で現在にいたっているそうです。従来のすし屋は、全くちがったものだったらしいです。今ではすっかり江戸前の権太が有名になっていますが、話し方やもともとの内容も違っていたようです。
この三段目は、もとは、上方の方が面白く出来ていたそうで、江戸風になっても面白く出来ているそうです。江戸のすし屋でも弥助は、キリっとしているような気がします。本来弥助実は維盛はお公家で、実際上方のほうがやわらかな感じだそうです。ただ、江戸のすし屋ですと、きっとスッとしたイキなほうが合って、上方の弥助は弱々しいけどかわいらしい感じだそです。
この場の上方と江戸の違いは、梶原のセリフが江戸はひとこと多いそうです。道具も多少違うそうで、相手が上方の役者さんだと相談して、両方を合せて演じるそうです。
この三段目をもっと詳しく観ると、上方と江戸の違いがわかるそうで、話し方、道具の使い方などを観ながら見るのも面白そうですよね。
実際、上方の役者さんがやっている『義経千本桜』の三段目は、拝見した事がありませんが、次回もし上演されるときは、上方の役者さんが出ていたら観にいってみようかなと思っています。
それにしても、だた1つを取ってもかなり違うとは・・・。歌舞伎は奥が深いですね。私も今回、色々調べてみてやっと上方歌舞伎と江戸歌舞伎が分かった気がします。

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市川亀治郎丈 トークショー
2006年1月、お正月恒例「新春浅草歌舞伎」が新春で賑わう浅草の町で華やかに開催されます。
江戸情緒溢れる浅草で、若手歌舞伎俳優の登竜門としても親しまれ、年始の風物詩となった「新春浅草歌舞伎」と市川亀治郎丈のトークショーを「浅草田甫草津亭」で心ゆくまでご堪能いただきます。
【日 時】 平成18年1月17日(火)
Aコース12時より
Bコース13時45分より
【会 場】 浅草公会堂 及び 浅草田甫草津亭
【内 容】 市川亀治郎丈によるトークショーと新春浅草歌舞伎
【料 金】 Aコース 25,000円(税込)
〈新春浅草歌舞伎一等席、
市川亀治郎トークショー「草津亭」でのお食事、お茶・和菓子〉
Bコース 12,000円(税込)
〈新春浅草歌舞伎一等席、
市川亀治郎トークショー「草津亭」でのお茶・和菓子〉
「申し込み」
「草津亭」 HP
「浅草田甫 草津亭、浅草 婦志多」 マップ
「詳しい案内」 ← こちらから

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