悲しいことがありました。 | KOZUE’s diary☆

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きっといつも見守ってくれているお空にいる2人の子供たち+私たち夫婦の何気ない日々とたくさんの大好きなことを綴っていきます。時々は悲しい気持ちも綴りますが、前向きな気持ちは忘れていないつもり。毎日を大事に生きてみよう☆

また、とっても悲しいことがありました。

少し、気持ちを整理していきたいと思います。おそらく長文になります。


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実は妊娠していました。


そしてあさって、流産の手術をすることが決まりました。






妊娠がわかったのは9月16日朝。


産後、生理が不順だったこともあり、1ヵ月おきくらいに妊娠検査薬を使ってきていました。妊娠に早く気付かないとあとで後悔、ということもあると思って。


そんな流れでその日も、「そろそろやっておくかな~?」って感じで。


結果は陽性。しかもかなりはっきりと出ている!第1子の時は、最初うっすい反応で、ややフライング気味で病院に行ったりしたので、今回のこの反応の良さは嬉しかった。


本当は、嬉しくて嬉しくてどうしようもなかったけれど、ここでこんなに喜んではいけない!と冷静さを保ち、且つ過度な期待もしてはいけない、と自分に言い聞かせ、早速病院へ。


第1子を産んだT病院。久々に来たら、息子を出産したときのことを思い出し泣きそうになりました。


しかし、待合室には幸せ顔の妊婦さんばかりなので、泣いては大変!と隅っこの席に逃げました。待ち時間が長いので、次から次へといろんなことが思い出され、とっても辛かった。


2時間程待って順番が来て、診察室へ。あまりの緊張に手足が震えました。


診察室へ入ると、先生がまず「お元気でしたか?」と声を掛けて下さいました。さすがに覚えていて下さったようで。


エコーで見えたのはわずか1.9mmの小さな小さな胎のう。(赤ちゃんの入る袋)


予定では4~5週に入ったくらい?と思っていたので、その小ささに不安になってしまいましたが(通常はもっと大きいはず)、その小さな胎のうを見つけると嬉しくて愛しくて涙が溢れ、止まりませんでした。


大きさとしては確かに小さいけれど、排卵日のズレが考えられるので、あまり気にしないことにしました。第1子の時にも、胎のうの成長がとてもとても遅かったけれど、40週までちゃんと成長してくれたし。今回も成長遅いパターンかな?と楽観的に捉えることに。


先生からは、「とりあえず子宮外妊娠の心配はなさそうだけれど、体調の変化には十分に注意して1週間後にまた来てください」と言われました。


夫もお休みの日だったので、早速報告。小さな胎のうの写ったエコー写真を見て、やはり嬉しそうにしていました。そして「赤ちゃんの成長する力を信じてあげよう。」と言ってくれました。


1週間後、再びT病院へ。


エコーで見てみると、胎のうは4mm・・・これは、小さすぎます。1cmはあっても良いはずなのに。


成長が遅い場合、繋留流産が疑われることは私もわかっています。第1子の時、その成長の遅さに不安になり、調べまくりましたから。


「流産になることも覚悟しておいた方が良いですね?」と先生に聞くと、「そうだねェ・・・今は何とも。でも難しいかなぁ。大きくはなったんだけれどね~」と。


また1週間後に来て下さい、と言われ診察室を出ると、我慢できず号泣。様子を見に来てくれた助産師さんが、入院用の個室に連れて行って下さいました。その部屋がまた、息子を産んだときの部屋だったもんで、さらに止まらない涙。


30分程、泣かせてもらい、ひたすら話を聞いてもらって。


泣いたら何だかすっきり。第1子の時にも流産の可能性をさんざん言われていたのを思い出し、「やっぱり信じよう!私が信じなくてどうする!?」と前向きな気持ちを持つこと決めました。


そしてそれから1週間の間、いろんなことを考えました。

精神衛生上のことも踏まえ、病院は別なところを探そうかな・・・とも思い始めていました。息子との思い出いっぱいの病院はちょっと辛い。


そして今日。


朝夫を送り出し、ぼゥっとしていると、ふと嫌な感じがしました。赤ちゃんが自分の中で生きている感じがしなくなったのです。


出血も腹痛もありません。高温期も保っています。しかし、急激に心配になり、次はここへ!と思っていた病院へ行ってみることにしました。

今日行ってきたK病院は個人病院ではあるけれど、婦人科と産婦人科がきちんと別れていて、T病院よりは設備が整っている病院です。内科、麻酔科、整形外科もあるようなところ。


先生には第1子の妊娠~死亡の経過から今回の妊娠のことまでをお話しして、いざエコー検査へ。


胎のうは5mmでした。成長していませんでした。さらには出血も見られました。


流産確定の瞬間でした。


目の前が真っ暗になり、胸を締め付けられるような思いでした。


先生は若いですが、とても優しくて誠実そうな方でした。「最初のお子さんのことを少しお聞かせ下さいませんか?」と言われたので、息子の病気のことを詳しく説明しました。話しているうちにさすがに泣けてきました。


そして、先生は「染色体異常の検査を受けられた方が良いと思います。」とのこと。私も息子の死後、いろいろと調べており、染色体検査のことは頭の中にあったので、お願することに。


(初期流産というのは8人に1人という割合で起こります。その場合のほとんどが、胎児側の染色体異常によるものです。なので、通常1回の流産では染色体検査を医師が勧めたりすることはありません。ただ、息子も先天性の病気で亡くなっていますから、胎児側による染色体異常でない可能性があるわけです。)


その染色体異常の話と、流産手術の話とを終え、あさっての手術に備えて検査をいろいろ。手術における注意事項を聞いたり。その間、ずーっと泣いていました。メイクはすっかり落ちていましたが、それどころでもありませんでした。頭の中はぐちゃぐちゃ。でも、看護師さんたちがみんないい人だった。素敵な病院だわ!とちょっと感激。


泣きっ面のままにレントゲン室だの心電図だの血液けんさだの尿検査だのを終え、最後に再び診察室へ。「もし、納得いかないことや聞きたいことがあれば全部言って下さい。」と言われたので、気になることを2~3確認し、ここでようやく気持ちが落ち着きました。


会計を済ませ、早速夫に電話。時間は12時ちょうどで、お店がまさしく忙しい最中かとは思いましたが、構わず電話。携帯ではなくお店の方に。緊急時にはお店の方に電話することになっているのです。


このころにはだいぶ気持ちが落ち着いていたし、忙しいのに申し訳ないので、流産確定で、あさって手術するということだけを簡単に伝えて電話を切りました。

その後母に電話。妊娠のことは、心配を懸けたくなかったので言っていませんでした。安定期に入ったころに伝えようと思っていたのに、こんなことになるなんて。


息子のことがあって以来、どんなに辛いことも受け入れていこう!という気持ちではいたので、いろんな意味で覚悟はしていました。

(たとえ、息子と同じような病気の子を再び妊娠していても、その子の命がある限りはたくさん愛そう!しっかり守ろう!とか、流産したとしてもそれを運命としてしっかり受け止めよう!とかね。夫とはそういう気持ちを確かめ合ってきました。)


それでも、やはり短い期間に愛しい我が子を2度も失う、というのはさすがに辛いことなのです。


だいぶ気持ちは落ち着いてきました。

ただ、今はまだ子宮の中のものを出していないから、本当には実感していないけれど、あさっての手術を終えたときにはどうかな・・・


正直、手術は怖いです。赤ちゃんがお腹の中から完全にいなくなってしまうのも、とっても悲しい。


・・・


こんなことを書き出すと、またきりがないし、また泣いてしまいそうなので止めておきます。


手術後、気持ちが不安定になりそうなので、しばらくブログも休もうかな。こうして気持ちを整理するためにまた書くかな?わかりません。