なみんのシングルマザー日記

つわり中

みなさま、お疲れ様です!


前回の続き。

結局、あれだけ息巻いてたにも関わらず、何も調べられず。ださ。


最終的に、私が調べに調べた日本橋の某有名クリニックに行きました。そこでは、今までと比べ物にならないくらい通院日と時間指定が厳く、仕事との調整は至難の業でした。

でも、そこではおたまじゃくし自体の検査もできて、脅威の奇形率99.5%という数字が出てきたんです。


散々調べて飲んでいた漢方の効果もあり基礎体温は安定しつつ、そしてこのクリニックで0.5%の正常なおたまじゃくしを探し出してくれるという相当な努力をして頂いた結果、かわいい男の子が生まれました。


着床直後は出血も続き、心配で心配でメソメソしてると、「流れたら流れたでしょうがねーじゃん?」と吐き捨てて仕事に行くメラメラ


つわり中は、晩ごはんに予定していたお家焼肉の前につわりがひどくなり、食べれないで横になっていると焼肉の匂いがチーン

つわりがひどいから焼肉をやめて欲しいと言っても、 

「しょうがないよね。予定してたんだし」メラメラ


別の日には、しんどくて作れないからお弁当買ってきてと言うと、自分の分だけ買ってくるメラメラ

私のは?と聞くと


「食べれるかわからなかったし」


それに抗議すると、キレて


「後で買ってくればいいんだろ?」メラメラ


つわりが落ち着いてきて、買ってきてとお願いすると舌打ちして持っていたリモコン投げ捨てて、買いに行くメラメラ


つわり中に、絶対いつか離婚してやる!と固く決心したのでした。


そして、その決心を更に強固にした出来事が起こるのです。



つづく。

不妊治療 病院選び

みなさま、お疲れ様です!


前後しますが、ちょっと思い出した事があったので、ちょっと戻って不妊治療中のこと。


最初の病院は、通院の利便性と口コミで決めた所でした。

仕事をしながら、このタイミング!と決められた日に行ける所。不妊治療は自分と仕事の都合なんて関係ないですもんね。

この日に来てくださいと言われれば、それは絶対。

近くが1番でした。


そこで初期の治療をスタートさせましたが、元夫から、もしかしたら海外転勤になるかもという話がありましたゲッソリ


海外での生活は大歓迎ですが、行く国によっては満足な治療が受けられない!

ということで、順序を一気に飛ばして体外受精に進めることにしました。


でも、病院を変えた後もなかなか結果が出なかったので、相当調べました。

生活習慣、食生活、基礎体温の変化、着床について、検査の数値、病院の得手不得手、置いてある検査機器の種類などなど。


劣悪な人間関係の職場で働きながら、治療を続けながら調べていくのは相当きつかったんです。

心が折れそうで。。。


だから元夫に頼んだんです。

一緒に調べて欲しいと。


そしたらめんどくさそうに、

「HPとかに成功率とか書いてあんだろ。ちゃんと調べてんの?ちゃんと見てみろよ。病院なんて俺わかんないよ。じゃあ、病院をピックアップしてメールで送ってよ。見てみるから。」


こいつ何もわかってない。

成功率だと?

不妊治療は年齢含め人それぞれ。

あれだけ何回も説明したのに。


あまりに腹が立ったので、ピックアップして送りました。仕事のように。


その返事が、


「なんかよくわかんない汗

テキトーに、こことか、こことかでいいんじゃない?」



はぁ?

あれだけよく見てみろよと息巻いてた結果がこれかよ。かっこわる笑い泣き


つづく。

子供ができた時のこと

みなさま、お疲れ様です!


それからというもの、思い返せば色々続くんですが、ちょっと飛ばして、子供ができた時の事。


結婚後に夫は豹変し、自分の思う通りに事や私が動かなかいとキレるようになりました。

相手に反論させる隙間を与えないように、大きな声で怒鳴り散らし続ける。私が返そうとすると、そこにかぶせるようにまた圧をかけながら怒鳴る。


私が独身時代に買っていたマンションに住めるようになって住む場所には困らなくなり、というか、結婚したことで堂々と住めるようになり、しかもそこは、今や環境のいいちょっとした憧れられる地域。

(買った当時はそうでもなかったんだけど)

ローンは私名義。


私のお給料も当時は結構良くて、なんなら前妻との子供の養育費も家計で半分持ってもらえるし、今までより余裕がある暮らしができる。

ガンガン稼いでこ〜いって、私の実家で私の両親の前で酔っ払って言ってきたこともあったな。


私の母曰く、相当調子に乗っていた。。。

まさにその一言につきる言動が出始めたんです。

結婚後、半年も経たないうちにすでに離婚が頭をよぎっていました。



でも、どうしても子供が欲しかった。



彼とのどうこうより、子供を持つ事しかもう頭になかった。

1人で夜な夜な散々調べ、おなかに注射を打ち、漢方を飲み、鍼を打ち、化学流産もし、つらかった不妊治療に1人で耐えて耐えて、ついに妊娠。

私の39歳の誕生日に心拍が確認されました。


なかなか結果がでずに病院を変えて調べた所、原因は元夫にあり、おたまじゃくしの奇形率は99.5%。

本人はショックを受けて、その晩飲みに行き、泥酔で帰ってきたっけなーチーン


当時、私の職場も色々あり、もうそう長くは続けられないなと感じていた矢先の妊娠だったんです。


元夫から、人間関係が劣悪な職場環境から、

全てから救ってくれた0.5%の奇跡の子キラキラ


そんな奇跡の子を宿った後も色々ありました。


つづく。