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銀座のエンディングノート終活カウンセラー行政書士川崎直美のブログ

これからの人生を豊かに彩るエンディングノートの魅力を終活カウンセラー上級インストラクター、相続カウンセラーの行政書士かわさきなおみが銀座からお伝えさせて頂きます。

こんにちは

銀座のエンディングノート終活カウンセラー行政書士かわさきなおみです。




最近特に感じるのは

終活は、やめ活だ!ということ。


これはたぶん、私の年齢も関係していると思うのですが。


終活というと

高齢期になって、あれもこれも準備してといったイメージされているように思います。


私の年齢は数字で判断すると

高齢期の前半に入ってきています。

もちろん、こうした活動をしているから

思い立ったら始め時!と

そこは普及すべくなのですけど、

特に最近、私が自分の年齢と共に

前とは実際のところ見える景色が変わってくると、

また考える🤔ことも。


今の状況は

日々変わってきているし、

思っているような形になるかも

いつ亡くなるかも

これはどんなに考えたところで

わからない。

考えても仕方ないことってやっぱりあるし、反対に何をしておいたらいいのか

何を考えておくべきか

それはやっぱりあるわけで。


そこを踏まえた上で、

人生の折り返し地点からの

人生は

やめ活でもあるなと。


誤解しないで頂きたいのは、

やめ活は

なんでもやめること縮小しておとなしくすることを指していなくて、

1日でも長く心身ともに健康で

やりたいことを最期の日まで、少しでもやれたらいいなぁと。

それには、これまで当たり前のように思って、または、自然に当たり前のようにやってきていることを

改めて考え直してみる

その上で、もういいかなとか、この際やめようとかそれをチョイスしていくことかなと。


やむを得ずできないこともでてくるでしょうけど。

だから、それで他のこと含めて全部無しというのは、またそれも違うかなと。


何か新しいことを始めるのは

やりたい!と強く思えば

やるかもしれないけど、

案外と、やめることについては前々からやめるぞと思っていたことはすんなりとやめれるかもしれないけど、


これまでの自分の価値観や心情的なもの等によって、やめることそのものについては阻止されているってことも多いかなと思うのです。


面倒なことや意味を見いだせないこととはやめるとして、

それをやめることで手に入れることができるもの、やめることで新しく生まれるものを見いだせたら、

これこそ終活なんじゃないかなと思います。



さてさて、夕べは蒸し暑さ全開で

寝苦しい夜でした。

エアコンは設定温度はまだ高めにしていますが、今日あたりは厳しそうですね。

水分補給とちょこちょこ休息を取りながらお仕事したいと思います。

ではでは!

こんにちは

銀座のエンディングノート終活カウンセラー行政書士かわさきなおみです。






緊急切迫した状況で、即座に判断をしなくてはならないときや、

誰しも体験したことがないときに

その判断が正しいか誤りかを絶対的に判断実行していくことなんて

できるのだろうか。



であることをわかった上でも

その正誤の責任を求め、誤りは一片も許すまじとする風潮は

これから未知のことが過分に起こり得る世の中だからこそ

一人一人が考えて、そこにいないから、すべてわからないからと人任せにしないことが

求められるのではないでしょうか。


誤りをおかさない人間はいない

こともそうだし、

その経験をおろそかにせず、

やむを得ないで全てを片付けずに

見えている聞こえてくるものだけが正しいとも思い込まず

そうしたことも

もし、その最前線にいなくてもできることではないか。


他人事にして、

耳障りのよいことだけ信じて

批判だけすることになってはいないか。


きれいごとだけで

まとめてしまって得る安心は

未来において役にたつことなのか。


今だからこそ

考えたいときかもしれません。




こんにちは
銀座のエンディングノート終活カウンセラー行政書士かわさきなおみです。



蒸し暑さがこたえますね。

打ち合わせは午前中に終え、
ランチタイムは出先にあたったので
ちゃんと食べよう!という気分になり、
混んでたらやめたらいいからと
お店の前にいくと、
すっと入れそう。

で、
久しぶりに天ぷら。



お昼のかるーいコースをカウンターで。

食べたいと思ったなら
食べておこう。
今日はそんな気分に。


海老から始まってお野菜とお魚と
出てきます。
品のよい大きさと分量でした。

驚いたのは、
ご飯がめちゃくちゃ美味しい!
好みのかための炊きあげで、つやつや。
こ、これは美味しい!!

これだけで価値ありあり
ひらめきひらめき

ご飯の写真とっとけばよかったわ泣き笑い

おかわりして、
半分になったところで、残しておいたかき揚げをのせてお茶をかけて頂きました。


いつもは食べたいなと思っても
時間の制約を受けたりして、
思うようにはできないことも多いランチ。
昨日は
実行できました。

あっ、こうしたいなと思ったことが
実行できるって
たいしたことであろうがなかろうが、
幸せなこと。

さてさて、本日も頑張って参ります。
ではでは!

こんにちは

銀座のエンディングノート終活カウンセラー行政書士かわさきなおみです。




昨日も終活のキーワードにふれましたが、

若い姪っ子

若い甥っ子といったキーワードも

おひとりさまのご相談では出てきますね。

私のところでのご相談では姪っ子さんの方がやや多いように感じます。


ただ、このキーワードには

遠方に住んでいる

といった言葉が多いようです。


ケースにより

そのキーワード自体でひとくくりにできませんが、

血縁というものについても考えさせられる場面があります。


近い遠いは土地の距離も関係性も

過去の流れも含めれば

血縁だけでは考えることはできないし、

そうかといっても血縁は強いもの。

であるからこそ

しっかりと考えたいですね。




さて、今日は晴れ☀️のようですが、暑そうな気配。

貴重なお日さまです。

有効に使えるといいですね。

ではでは!








こんにちは

銀座のエンディングノート終活カウンセラー行政書士かわさきなおみです。





だんだんと母親の代行、代理することも増えてきました。

年齢としたら当然なのですが、

それでも動けるし付き添いもできるので、基本は本人というスタンスです。


金融機関でもなんでも

同居の娘ですといっても、いぶかしがられてるなと思う場面もしばしばあります。


ほんと、それだけ

危うきに近寄りたくない空気感を感じます。


娘というキーワードは

安心としてた時代は遠いんだよねと思います。


同居、同世帯というキーワードを足してきているのは

なら、まぁやむを得ないか…という空気感。


変な書き方ですが、私もなるべく

怪しまれないように?泣き笑い

気をつかった態度を大袈裟にとります。


例えば、先日も

クレジットカードの暗証番号わからないからと

クレジットカードカウンターへ一緒に行って、

この場合、書面ですか?

と聞くと、本人確認したらその場で教えてくれるとのことでした。


なるべく私が主導権握って

立ち回るような態度だと、

私が?知りたがってるという印象だし、

普段みたいに?テキパキやりすぎると

私が誘導しているみたいに見えそう。

そんなんじゃないです悲しい

ってことなので、控えめに。



で、母親が受け答えして

本人確認して

電話で母親に直接教えてくれていたのですけど、


逆にこっちがハラハラしたのは


電話で母親が番号聞いてメモしてましたけど、

復唱するわけです。

名前から何から聞かれると

聞こえも悪いから大きな声で。


私としたら、そっちの方が気になる。

もちろん、カード番号までは復唱してませんでしたけど、

あちらさまにしたら、

私が怪しいかがポイントでしょうけど、

こちらにしたら、それこそ気になる。



まぁ、同居の娘というキーワードが

そんなに信頼?されなくなってることを

また更に肌で感じました。


じゃあ、何が信頼というか

あちらさんにとってセーフラインか?といえば

やりとりがしっかりした本人であること。

そりゃそうですよね。


長生きして普通に生活をそのときなりに

送っていこうとしたら、

本当に大変な世の中です。


もちろん、それだけ

気をつけて警戒してもらえるってことは

ある意味大事なことだとは理解しています。


子供がいるってだけで

つつがなく、なんでも大丈夫だとはいかない世の中。

そこを他人を介在させるってことも

なかなか簡単ではない。



マイナンバーカード、次回は100さいで更新だそうです。


更新一緒に行きましょうね。

と、娘の私は言いましたニコニコ




こんにちは

銀座のエンディングノート終活カウンセラー行政書士かわさきなおみです。



活用していない不動産を相続していて

資産もあって保有したままできたが…と

今後の道筋に至るまでの間にも

現状やらなくてはならないことから手をつけていくしかありません。


これまでと現在の状況は

今後確実に影響を及ぼすと思われますが、問題はその影響は思われているよりもかなり深刻なもののように思えます。


ただ、それは言える立場ではない。

起こり得るかもしれないけれど、起きないかもしれないし、

近い立場の人が考えることでもあるから。



動く人がいる間は

その人が動けばいい

動かせばいい

という考え方を時折見かけます。

それで、一見うまくなんとかいってる場合もあり、納得を別のおとしどころにおとせば。


でも、結局、

それもまた相続をきっかけにして

大きく変化することになります。


そんな先々のことを今から…ということに。



そうなるであろうと懸念されることでも

他人は口にできない。

本人がそれを感じたときに

本人が動こうと決心することだから。


こうしたことは実は

他にも沢山あるんだよねと

思います。




さて、雨の1日。

梅雨入りです。

ではでは!





こんにちは

銀座のエンディングノート終活カウンセラー行政書士かわさきなおみです。




蒸し暑さがこたえる気候ですね。

気温を考えたら、こんな暑さは序の口でしょうけどえーん

湿度はキツイです。

くれぐれも体調管理は万全に。




昨日は学び直しに必要な道具の相談に

出かけてきました。

事前に調べたのは知識としては

ざっくりでしたが、

おすすめは別のもの。

それを売りたいからではないと思ったのは、おすすめの根拠を聞いて、なるほど私の状況と希望を合わせると

なるほど、そういう理由か。


この年齢からの学び直しでの購入は

費用をどこまでかけるかでしたが

しっかりとしたものにすることとしました。

確かに次のステージが見えたら、また買い換えたくなるかもですが、

もうそれもあるか?微妙。

そのときそのときで考えることに。


ここらあたりも

どう考えるか


焦ることなく適度に楽しみつつ

継続することができる為にも

贅沢しました。



さて、本日は夕方から

面談あるので

それまでに終えるものを終えるべく

しっかりと。


ではでは!

こんにちは

銀座のエンディングノート終活カウンセラー行政書士かわさきなおみです。





とんでもない映画を観ました。




国宝






以下、ただ、記憶ログしておきたくて

メモのように残した雑感です。




胸の奥底を魂を直に

手づかみされたような

エグさを越えるとそこに見える

とんでもない美しさが現れる。

極限の世界。


観いられてしまったものには

どこまでも残酷な運命が待っている。

逃れ抗うこともないほどに

ひたすら闇を歩く。



ただ、ただ

感じ入るだけで

そこにこうであるとかそうしたおかれたメッセージやテーマとか

そこに沿ったものを見せられているわけでなく

ただただ圧倒的な光と影を見せつけられる。


どんなに削ぎとること研ぎ澄ますことであったとしても簡単に手に入れられないもの

手に入れた入れているという錯覚



バケモノというものは

グロテスクであり

究極の美であり

手で顔を被いたくなるも思わず隙間から見てしまうもの。



書きたいこと語りたいこと

陳腐な言葉でありきたりの言葉で

書き連ねることができない。


今の世の中だからこそ

生きるということも

歌舞伎というものも

男も女も


出てくる登場人物一人一人全てが

生きていてそこにある。




自分にとって必要なテーマをそれぞれが

考えることのできる映画。

どう人生を生きてきたかも合わせて思いしらされる。

絶品の映画でした。




映画館で観る意味と意義を

ここまで感じたのは初めてかもしれません。

また足を運びたい。


そして原作を読みたいです。



こんにちは

銀座のエンディングノート終活カウンセラー行政書士かわさきなおみです。





昨日も目一杯頑張って

なんとか整体の予約時刻には入室できました。

めちゃくちゃ固まってますよ~と先生に言われる悲しい悲しい


今日はのんびりしたいところですが、

6時台に

行列に並んでます。

そう、備蓄米販売。


店頭には高いお米並んでますが、

手を出しにくいので、

とにかく一回、繋ぎで買っておくかと。今回の備蓄米を食べて

みたいのもあります。

ただ、販売個数は小さなスーパーなので

少ない。

起きれたら行こうかな程度のミッションでしたが、まぁ、毎朝五時には必ず目覚めるので。


で、もう個数上回って並んでたりしたら

諦めるしかありませんが、

さすがに半分程度。

でも、二時間前でも半数近く並んでます。

写真はやめときますけど、

ほぼ男性。

お父さん!行ってきて!

なのでしょうか。


高齢者さんばかりではないのは

育ち盛りさんいたら大変。

私も平成の米騒動では苦労しました。

並ぶことはできないのはもちろんなのですが、ネットもなかったし。

そう考えたら、あれから少し社会は進んでいるようでも、

根幹のところではそこまで変わってない。

何よりもこの生きるということの危うさみたいなものは増してるかも。



思い出されるのは、そのとき

母が私の年齢くらいで、

お米を何回か届けてくれました。

宅配とかじゃなく。


今回は備蓄米買うのは親の為ではないのですが、(親のお米はそんなに減らないから高くても買うので)

そうしたことを思い出します。

ふとした思い出って

そのあとに何かあるとふわっと現れます。



 現在、食べ盛りは私だけですが、パンはおやつの私にはお米は日々の活力の源だし、どんなに忙しくて疲れて帰ってもご飯のお友だけで、お腹いっぱい美味しく。 


当たり前じゃないんですよね。

本当になにもかも。




こんにちは

銀座のエンディングノート終活カウンセラー行政書士かわさきなおみです。




昨日は1日かけてのサポート業務でしたが、予定もそれ以外もとてもスムーズで

こんなことあるのかというくらいに進められました。

滅多にないというよりも初めてかもしれません。


時間を巻いてはいないけれど、

とんとんと希望する方向に全てうまくいきました。



今日は金曜日。

あっという間に1週間経ってしまいますね。

ではでは!