道端の花や空、実家の愛犬、素敵に盛り付けられたカフェめしなど、
気に入ったもの、気になったものに
実にしばしばスマホのカメラを向ける。
あまりに撮りすぎて、スマホのメモリ容量に警告が出された。
パソコンに移したら2000枚くらい撮っていて、主人に呆れられた。(移動するのに深夜までかかった。)
にもかかわらず、めったに人物は撮らない。ましてや自撮りはしない。
自分の家や部屋なんて論外。
でも最近、自分の家や部屋を撮ってみるようになった。
ミニマリストの本を読んでいて、真似して、客観的に自宅を撮ってみたくなったのだ。
自分ではきれいにしたつもりでも、どこがごちゃついて見えるのか。
昨日と今日でどう違って見えるか。
いや、それもあるけれど、モノを捨てるようになって、
ちょっと自信もついたのだ。
写真に映せるぐらいの自信と客観性。
写真はその人や場の一瞬を、容赦なく切り取る。
不用意な表情も肌荒れもへんな髪形も。
ゴミも、センスや配慮のなさも。
「住む場所はその人の内部を反映するとも、言われてるよ」
主人はそう教えてくれた。
(それを知っていながら、髪の毛や綿ボコリの落ちまくっている我が家に平然と住んでくれてありがとう、タナウス)
今だってホコリや髪の毛は落ちている。カビの生えている場所もある。いらないものが積み上がっている場所もある。
でも他の人にはわからなくても、
見えるところも見えないところも
前より物がすこしずつ減ってきているのを、捨て始めた私は知っている。


