9月21日の夜、FacebookのMessengerにメッセージが届いていた。
ロウが亡くなったのを知ったある女性からのメッセージだ。
以下、文面のまま
もうアフガンを家の子にとは思ってないですか?
ロウちゃんが亡くなられて そんな月日経って無いのに 聞くのも どうか? と 思いながら 今 メッセージ書いています
きれば 直接 話したい事があります 電話貰えますか? 私は 090ー****ー**** 島津きり子です 今夜は もう寝ます おやすみなさい
島津きり子さんは、長野県飯山市でたくさんのアフガンたちと暮らしていて
セナ君ママからオーパ ~自然児 野生児アフガンハウンド~というブログでいぬたちとの暮らしや彼女の仕事である農業のことを綴っている。
2009年10月からはじまるこのブログは、13年間、ほぼ毎日更新されてきた。
以前は同じYahoo!ブログだったので、ここに掲載されているアフガンたちの写真が楽しみでよく拝見させていただいていた。
そんなきり子さんとFacebookでつながり、9/21に冒頭のメッセージをいただいたのだ。
翌日、きり子さんから連絡をいただいたのだが、今でも不思議な体験だった。
「ロウ君を失ったばかりで、どうかなと思うけど、ウチの子をひとり沖縄で育ててもらえないだろうか」
最初は困惑し、理解が進まなかったが、話しを聞いていくうちに、
「ここでの暮らしが続いてもこの子たちは幸せだけど、内、ひとりでも大冒険をさせてみたい」というのがきり子さんの希望。
預かりではなく、可愛がっているわが子をひとり託してくれるという。
ロウを失い、しばらくして落ち着いたら、エドが元気なうちに、沖縄の保護犬を家族にしようと考えていた。ロウのアフガンらしい独特の行動が好きだったが、沖縄でアフガンハウンドの保護犬と出逢える可能性は極めて低く、あきらめていた矢先の連絡だったので本当に驚いた。
まさか、あのきり子さんのアフガンがウチに来てくれるなんて。
きり子さんが候補にあげてくれたのは2021年2月に5姉妹で生まれた陽菜(ひな)。
お母さんのおとちゃんは、このあと9月に亡くなってしまったが、この5姉妹のほかにもたくさんのいい子を残してくれた。ありがとうおとちゃん。
この下の写真はきり子さんのブログから転載。
本当にいい写真だと思う。
こんな表情をしたアフガンたちが、きり子さんのブログにはたくさん紹介されているのだ。
そして、このありがたいお申し出には、「もちろんお願いします」とお答えし、すぐにでもというきり子さんの期待に応えるため、沖縄から長野県飯山市までの移動手段を検討した。
時は安倍さんの国葬やこれに伴う岸田さんの外交など、羽田経由はNGと判断。
9月末までなら那覇~静岡空港の直行便があるが、静岡空港~飯山の陸路が遠い。
すると10月1日から那覇~新潟空港が開通するということで、すぐにANAで便の予約をした。
1日1便しかないので、夜に着いてさらうように、奪うように去るのはイヤだったので、丸一日きり子さんの稲刈りを手伝いながら、いぬたちの生活を見せていただき、翌早朝にお迎えという予定を立てた。
ロウが亡くなってわずか2ヵ月にもかかわらず、
ロウがつないでくれた縁なので、「ロウ。グッジョブ!」と消沈どころか一気に気分が高揚したままアフガンたちへのお土産を買い占め、10月1日に出発したのだった。
次回につづく。