大益牧雄・木工轆轤(ろくろ)の世界

大益牧雄・木工轆轤(ろくろ)の世界

京都・味土野の大自然に包まれて 黙々と作品を生み出し続ける 木工轆轤師・大益牧雄。 味土野での生活風景を交えながら ひとつひとつ手間隙をかけた作品を紹介します。

※当ブログは代理人が大益氏から原稿を受け取って更新しています。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。
当ブログはFC2ブログ「大益牧雄・木工轆轤の世界」から引っ越しいたしました。
味土野の様子、氏の考察などを配信させていただきます。

引っ越し前の記事は以下にてご確認ください。
http://omasumakio.blog86.fc2.com/

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  2026年10月10日の毎日新聞で、井上英介氏が『旨い魚が食べたい!』(ながさき一生著、柏書房)を紹介しています。

 「日本の漁業や魚食は天然魚の『少量多品種』を特徴とし、小規模の漁業者や鮮魚店が長年支えてきた。」

 「しかし今や限られた魚種を大量に供給する『大量少品種』が主流である。」つまり「マグロとサーモンとエビしかない世界が来る。」と。

 「少量多品種、魚との一期一会の世界。ながさきさんはこれを『食の楽しさそのもの』と。」 

 子どもが魚の切り身が泳いでいると思っていると言われたのはいつ頃だったろう。

  スーパーでは切り身ばかりが沢山並んでいます。たまたま行ったスーパーで姿のまま並んでいたのは鰯だけでした。鰯3尾パックの2尾を刺身に、次は明日の焼き魚にと思って買ってきました


 友人の訃報が届きました。
 2004年の台風の大被害、電柱や杉の大木がたくさん倒れました。この台風で人々が覚えているのは、舞鶴で老人たち30人程がバスの上で一晩を過ごしたことでしょう。
 ところで、彼は子供の頃にポリオに罹り、私より2つ程年下なのですが背が低かったです。しかし彼は長いあご髭を伸ばしており、あちこちの寺の和尚と一緒に外界を歩いていると年齢も年上に見られ、手を合わせられるのは彼の方だとのことでした。彼には名僧、愚僧などその他いろいろ教えてもらいました。
 彼は体の割には建設機械の運転がべらぼうに上手で、2004年の丹後半島の台風のあと、彼が来てくれました。自分で車輛建設機械を借りて来てくれて、隣の梅木さんの屋根を修繕したり、私の所の土砂で埋まった道を直したりしてくれました。
 2年程前に電話で話した時には、私と同じく酸素吸入器を使っているとのことでした。どんどん話せる友人が去っていきます。寂しい限りです。合掌
 2026年9月26日の毎日新聞、書評欄で取り上げられた本『戦争がすべてでした』(村上利夫著・友月書房・996円)を私も読みたいと思いました。しかしこの本、なんとも取り上げにくいのです。というのも著者の言葉が殆ど出てこず、評者の言葉が殆どだからです。その評者の言葉に私が読みたくなったということでもありましょうか。引用は殆ど評者の言葉です。
 著者は岸恵子と同じ(1932年生まれ―評者の言葉、共に危惧しているのは戦争を知らない世代が誤るのではないかと。驚くのは福井県の小浜市長もやった人なのに、何かを訴える押しつけがましさが、この回想にはない)
「自分はこう思っていた。こう行動した。それが正確かつ客観的に淡々と記されて行く。」出征兵士の壮行会で、笑ったら校長に殴られた。皇国少年で軍人になりたかったと。しかし祖父は反戦論者で、日本が負けた戦後はただの1回も家庭で戦時中の話はしなかったという。「『やけくそ』感が漂い、若者も酒とタバコを始めた。この悪習のせいでアルコール依存症と癌で同級生の四分の一がのちに早死にをしたという。」「戦争からおくれての戦争関連死が相当あったのだ。」皆で学校農場を作ったことなど。
「戦後直後の日本人には、戦時中の反動で、平和と理想社会を本気で目指す空気があったこともわかる。」そして「終戦直後の日本人は、心の底から『戦争だけは二度としてはいけない』と思っていた。と過去形で語られる。」
 さて、現在はどうなのかと考えてしまいます。
左手が少し良くなったと思ったら、今度はかばったせいか右手が痛くなってしまいました。こっちが治ったと思ったら、こっちが痛くなるという状態です。

 2026年9月17日の毎日新聞に竹内望記者が書いています。
「これまで供給が国内に限られていた防衛装備品の輸出拡大を通じて国内の防衛産業の基盤を強化し、有事に備えて生産量を確保する狙いもある。」
 全体的に喜々とした調子で武器輸出の記事を書いています。この人は「死の商人」という言葉を知らないらしい。「死の商人」は武器を作っても戦場には行きません。ただ人を殺す道具を作って金儲けをするだけです。

 久しぶりにフランス映画、フランソワ・トリフォー監督の『野生の少年』を観ました。野生の少年に教育なんていらないと発言したことを聞いて、トリフォーが涙を流したという話は有名です。映画の中、少年を教育するのはトリフォー演じるイタール博士ですが、映画を観て、少年に対するイタールの愛情がよく伝わってきます。数年後に、子どもたちの群像劇の傑作『トリフォーの思春期』が現われます。

 久しぶりに味土野へ行ってきました。左手はまだ痛いままですが。相変わらず鹿に荒らされたままです。なんとか必要なものを少しばかり持ち出すことができました。また行かなければなりませんが。
 各国がAIの進歩が速すぎて、このままでは人間を越えてしまうと、技術を緩やかにするために抑制すべきだと議論をしています。以前、新聞かテレビかで、少年がAIに一番人を殺せる銃はどれか、人をたくさん殺せる場所はどこかと尋ねていました。技術は抑制するといっても全てを取り締まることなどできるでしょうか。
 AIをもっと進歩させようとする人間は必ずいるでしょう。暴走するAI、ミサイル、原発、地球の温暖化と結びついて何が起こるのでしょうか。