しばらく、ただ好きな野球選手を、ただ好きに書き溜めていきたいと思います
レフティ・オドゥール
その名は日本で割と知られている。
ちなみに本名は『フランク・オドゥール』。
⚾️1934年に日本最古の野球球団『大日本東京野球倶楽部』が創設され、相手がいないことから翌年アメリカ遠征をする際、無国籍であったヴィクトル・スタルヒンのアメリカ入国に奔走した。
⚾️その際『大日本東京野球倶楽部』にニックネームをつけることを提案、それが【ジャイアンツ】であり、帰国後このチームは【東京巨人軍】と名乗ることになった。
⚾️澤村榮治のアメリカ遠征時に『うちの4番バッターから空振りをとってみろ』と伝えて試合に臨むも、それができなかったという。
その四番打者こそ、メジャーリーグ昇格前の
【ジョー・ディマジオ】である。
⚾️現役引退後は長らく23年にわたってマイナーリーグ(AAA)で監督を務め、1949年にはサンフランシスコ・シールズの監督として日本遠征、急造とはいえ各チームのスタープレーヤーを集めた全日本チームを圧倒した。
⚾️2002年、日本の野球殿堂入り。
翻って、選手として⚾️
1919-23年、投手としての記録あり。
1924-27年、メジャー記録なし。
1928-33年、規定打席到達。首位打者2回。
通算打率、高い。3000打数以上で歴代4位。
MLB野球殿堂入りは、果たしていない
Lefty O’Doul,
1897.3.4-1969.12.7
183cm 82kg 左投左打 投手、外野手
970試合 3264打数 1140安打
打率.349 本塁打113 打点542
