最近、こいつをかなり重宝しています。著作権が消滅していたり、

「自由に読んでもらってかまわない」とされた文書を集めたサイトです。

問題作成などを良くやる私にとって、著作権フリーっていうのはかなり惹かれますね~。

数学だとあまり関係ないように思われるかもしれませんが、

この文庫の中には数学の問題もちょこっと入っているんです♪

インターネット本来の使われ方をしていますね。ほんと助かります。

興味のある人はどうぞ♪

http://www.aozora.gr.jp/

電子辞書って本当に便利ですね。

メモリの大容量化に伴い、電子辞書に付いてくる辞書の数がどんどん増えています。

最近のは、辞書が30も入っている、なんてのも。

しかも、引く手間がかなり省ける。大体感覚にして1/2位かな?

今や、私が家庭教師に伺うお宅では1軒を除いてすべて持っています。

確かに便利ですしね。

それに軽いしですね。

私が高校生のときは英和辞書、和英辞書、古語辞書

の3冊を毎日持って歩いていましたから。

余りに重くて肩にバックの紐が食い込むんだ~

って生徒に話すと「いつの時代?」って聞かれます。

いやいや、つい10年前だよ…。

で、持っていない1軒っていうのは小学生の家。

まぁ持ち運ぶ必要が無いのですが、今日一つ発見が。

その子がグロテスクな言葉に興味が出てきたらしく、

「ギロチンってどういう意味?」って聞いてきたので、

「辞書で調べてみれば」と言ってみると嬉々として調べだすものの、

いくら探しても載っていない。他のグロテスクな言葉を捜すも、一切載っていない。

そうなんです。小学生用の国語辞書って、

小学生にとって有害であるような単語は一切載せていないんですね~。

初めて気がつきました。

ということは、小学生に電子辞書を持たせるのは問題?

なるほど、世の中に万能なものは無いものです。

家庭教師をしていると、国語が苦手な生徒に当たることがあります。

本が嫌いであったり、親と話す時間が短かったりすることが原因なのですが、

これに対する効果的な解決法が今までありませんでした。

何てったって、本を読むのが嫌なので「本を読みなさい」という指導では効果があがりません。

どうせ読まないだろうし、読んでも嫌いであれば食いつくわけがない。

そこで、なぜ国語が苦手なのかという原因を探ってみると、大きく分けて2つあるようです。

1つは語彙力の不足。もうひとつは想像力の不足です。

でも、語彙力が増えてくれば文章の意味も理解できるようになり、

その結果想像できる機会も増えて想像力も増すであろうと考えると、

語彙力を付けさせることが唯一の解決法のようです。

でも、たのしく語彙力を身に付ける方法って?と思っていたら‥ありました♪

それがアナグラムです。

アナグラムとは、「単語または文の中の文字をいくつか入れ替えることによって

全く別の意味にさせる遊びである。(Wikipediaより)」です。

例えば、かくしげいを変換してくげしかい(久家歯科医)にしたりするって遊びなんです。

これを国語嫌いの小学生にさせてみるとこれが思いっきりはまりました!

辞書を片手に「こんな言葉は無いの?」と次々と調べていきます。

私が作ったアナグラムに対しても「これってどういう意味?」と積極的に聞いてきます。

遊びながら国語の勉強になる、楽しく学ぶことが出来て一安心です。

その家は正月に親戚一同でアナグラム大会をするとのこと。

これをきっかけに語彙力が増えてくれることを願うばかりです。

これ、今後の家庭教師のメニューに入れていこうかな?

現在、学年末試験前につき多忙を極めています。

いろいろと書きたいネタはあれど、スケジュールがそれを許してくれない…。


暇を見て短いものをぼちぼちアップしていきます。

私、本業は家庭教師なのですが、昼間は高校の教員もやっています。


今は学年末試験の直前。私のクラスは試験範囲まで授業が終わっているので、

すべて自習にしています。プリントを配って、分からなければ友達や私に聞くというスタイルです。


少々騒がしくなるけど、これが一番成績が上がる方法のようです。

今の生徒は集団行動に慣れていなかったり、我慢する事が難しい子供が多いようで、

授業が成立していない学校も多いようです。

これは、何も偏差値に関係なく、各学区のトップ高以外はほとんどそのようです。

生徒の話によると、福岡市内の有名私立2校(偏差値60程度)でも

授業中に漫画を読んだりおしゃべりしたりしているとのこと。

さて、私の勤めている高校はそれほどレベルは高くありませんが、一応進学校です。

国立大学には10人暗い通っているようです。


それでも、勉強したい、出来るようになりたいと思うお子さんも多く、

自習の時間にすると35人のクラスの内10人弱は前の教壇に集まってきます。


そこで一人の生徒(A子さんとしましょう)が私に話しかけてきました。

「私、本当は家庭教師をつけたいんです」と。


高校の生徒には、私が家庭教師をしていることは伝えていません。

高校の教師として教えながら放課後に家庭教師に行くっていうのは

倫理的な視点から控えています。


A子さんはは続けて、「でもね、お母さんが駄目っていうの」と言うのです。

「なぜ?」と切り返すと「お茶だししたり気を使わないといけないから」とのこと。


もちろん、お母さんの言葉をそのまま鵜呑みには出来ません。

でも、もしA子さんが本気でお母さんにお願いして、

そのための行動を本気でしたら、どうでしょう?


お母さんの隠れたメッセージをA子さんが掴むことが出来るか、

これから見守りつつ自ら気づくように導いていきたいと思います。

先日、小学校1年生のお子さんをお持ちのお母さんから
次のような質問を受けました。


「うちの子は甘えん坊なんです。
何とか手のかからない子になって欲しいんですけど、
どうすれば良いのでしょうか?」


最近のお母さんは忙しいようで、子供に手煩わされたくない
と考えていらっしゃるようですが、これはとても危険な考えです…。


小学1年生の頃と言えば、自分の価値を量る年頃です。
自分は大事にされるべき人間なのか、それとも生きる価値の無い人間なのか。
それを他人の評価を基に判断します。
特に、小学校低学年ですとお母さんの与える影響は絶大です。


例えば、外で何かストレスがかかったときに、
家に帰ってすぐにお母さんに泣きついたとします。

その時に、もししっかりとお母さんが受け止めてくれると、
お子さんには 大事にされた→自分は大事にされる人間だ
→自分は大事にされるくらい価値のある人間だ
となります。


しかし、もしお母さんが「ここで甘やかすとこの子の為にならない」
という思いから冷たく突き放したらどうでしょう。
お子さんには 受け止めてくれなかった→大事にされなかった
→自分は大事にされない人間だ→自分は価値の無い人間だ
と思うようになります。


この小学低学年の時に形成される自己評価は、
後々その子の一生を左右する大事な要素です。


小学低学年以下のお子さんを持っている保護者さん、
是非お子さんを溺愛してあげてください。
世の中の厳しさは大きくなってから徐々に分かっていくものですし、
その厳しさを乗り越えるために自己評価は必要ですしね。

体育系の部活をしている生徒だと、していない生徒よりも
”勝つ”ことに対して敏感な傾向があります。


勝負に勝つことはとても大事。
社会に出れば競争だらけです。


最近の学校運営は(特に小学校は)競争を
なるべく排除しようとしている傾向が見られますが、
社会に出れば競わないことは無いですよね。


この勝負に絶対に勝つ方法が2つあります。


1つは「勝負に勝つまで続ける」ことです。


「負ける」とは、自分の心が折れること。
折れない限り負けてはいません。
勝負を挑み続けていれば、一生懸命取り組んでいれば
必ず光が見えてきます。


もし勝負を挑み続けて相手が勝負を降りたら
それはこちらの勝利です。


挑み続けて、例え勝てなくても、
そこまで努力していれば違う勝負には勝っているはずです。


もう一つは「同じ土俵で勝負をしない」です。


勝負の中には、どう考えても負ける勝負もあります。
例えば、赤ちゃんが横綱と相撲で勝負をしても、勝てる見込みはありません。


でも、笑顔で勝負をすればどうでしょう?
赤ちゃんの笑顔には横綱だってかないませんよね?



世の中に勝負事は星の数ほどあれど、
一番大事で大変な競争相手は自分自身。
自分との勝負に勝つことが出来るかどうかが
これから先の人生を決定する大事な要素なのかもしれません。

教育論と授業の一こまだけにしようと思っていましたが、

たまには生徒に解かせた問題を載せてみるのも良いですよね?


というわけで、学生の気分に戻って解いてみてください。


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A君は毎日家から学校まで歩いて通っています。

今日は、いつもの速さで歩けばちょうど始業時間に

学校に着く時間に家を出発しました。


しかし、A君は家から学校までの距離の半分のところまで

いつもの半分の速さで歩きました。

さすがにこれでは遅れると思ったA君は

始業時間に間に合うように速度を上げることにしました。


さて、A君はどれくらいの速さで歩けば始業時間に間に合うのでしょうか?


1. 普通の速さの2倍

2. 普通の速さの3倍

3. 普通の速さの4倍

4. 思いっきり走る

5. 1~4以外

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これ、生徒に出題すると結構間違えるんですよね…。

高校での授業の時に、生徒から良くこんな質問を受けます。


高校2年生ともなると、進路について学校からいろいろと話を聞くようで、決めることが出来ないことに焦りを感じている生徒も少なくないようです。


担任の先生は「君たちのしたいようにやりなさい」と自主性を重んじるような指導をされているようですが、それが生徒を余計苦しめる結果になっているようです。なんせ、自分で決められなくて困っているんですから。


こういうときは、「普通の会社勤めじゃ駄目か?」と聞くようにしています。仕事をしていくうちに興味が出ることもあるでしょうし、今は一つの会社に一生お世話になるという風潮が変わりつつあるので、職業を変えながら探していくという考え方でも良いのではないかと思います。


#もちろん、職場でのさまざまなことが我慢できずに次々転職する、というのは頂けませんけどね。


あと、「歌手になりたい」などと言う子の場合は、それがどれくらい本気かを聞くようにしています。本気の度合いが、イチローのように小学校の段階からプロ野球の入団時の契約金まで目標に入れている…までいかなくても、自分の夢を明確に持っているなら応援します。そこまで一生懸命やれば、たとえ成功しなくても生きていくための糧は手に入れることが出来ますからね。


そうでなければ、普通の仕事をしながら出来ないのかを聞きます。歌手なら、会社勤めをしながらデモテープを作ればよいでしょうし、作家なら昼休みにだって文章は書くことが出来ます。実際、最近デビューしているアーティストの中には元会社員の方が多いという話を聞いたことがあります。


「どんな仕事をすれば良いか分からない」という言葉を言う生徒の中には、「仕事をしたくない」という気持ちを持った学生もいるようで…、ま、この話はまたいずれしたいと思います。



思い返せば、以前は現在に比べて職業選択の自由はありませんでした。縄文時代までさかのぼれば職業を選択するという感覚すら無かったでしょうし、江戸時代でも身分制度が固定されていたので選択の幅は非常に限られていました。


しかし、同時に職業選択について悩むことも余りありませんでした。ほんと、不幸と幸福はコインの裏表、ですね。

初めまして。福岡で教育業を営んでいるたくと申します。


本業は数学・算数系の家庭教師ですが、高校や大学、それに専門学校で数学を教えています。

趣味は、ズバリ「教えること」! ですから、毎日が楽しくて仕方ありません。

好きなことをしてお金がもらえるなんて…。こんな幸せはありませんね♪


このブログでは、教育現場に身を置いていて感じることを書いていけたらと思っています。

8割は真面目な話を、残りは授業での笑えるエピソードを書いていく予定です。


それでは、宜しくお願いします!