最近、やっとカントの実践理性批判を読む様になりました。

純粋理性批判の方はまだ途中止めのままですが、

これぞ私が求めていたものという感じで、カラカラに乾いた喉が潤う様な感じです。

少し読んだ感想は、善意志の正しい立て方、その根拠の説明といった感じでしょうか。

そこで感性(経験)に基づかないことが大事なそうで、感性(経験)に基づいた意志は全て欲望の充足が目的になってしまうらしいのです。

何やら、最高善たるものは先験的なものに基づかければならないようです。

まあ何というか、キリスト教?やプラトン哲学がいかに正しいか、裏付けられる感じがしました。

純粋理性の実践は、宗教や神話になるということでしょうか?

善意志を立てるに当たって、どうしても、神とか、魂(心、精神)の不滅が根底に必要になってしまうという様な感じでしょうかね。

あの論証的なプラトンの国家がなぜ、最後、神話で終わるのか謎だったのですが、少し解けた気がします。