私が波平さんになった日 | 働くクンメーの事件簿 in バンコク

働くクンメーの事件簿 in バンコク

バンコクで働くクンメー(お母さん)
住み込みのナニーとの日常をつづります。

 ちょっと脱線するが、ナニーとの生活をする前のことも書き残しておきたいと思う。

 

 仕事でバンコクに赴任する私は、住み込みのナニーを雇うまで母親に一緒に住んでもらっていた。

 齡70を超える母親に慣れない海外生活を強いるのは気がひけたのだが、好奇心が旺盛な母は期間限定でOKを出してくれた。

 

 だが、この生活が想像以上にしんどかった。

親だとは言え、生活スタイルも考え方も違う。

「来てもらっている」という感覚があり、いい思いをしてもらわなければと異常に気を使う羽目になった。

 

 子連れで海外赴任する女性がいる中で、このスタイルで生活する人は少なからずいる。ただ、彼女たちの多くは親にお金を払い、「仕事」としての契約を結んでいた。

私の母親の場合、「お金をもらうとあれをやっていない、これをやっていないとグチグチ言われる」と、絶対にお金を受け取ってくれなかった。

 

 実際、母は、家事や子育てが得意なわけでもない。

なので、最低限のことをし、危険があったら救助するプールの監視員的な立ち位置が強かった(実際プールの監視員ほど素早い対応は期待できない気もするのだけれど)。

 

 それでも仕事に出ている間、子どもと一緒に過ごしてくれる人がいるありがたさは何にも代えがたい。

この人がいなければ、外に出ることは一歩もできないのだから。

 

 着任して初めて娘を母に託し、初めて一人でバンコクの街を歩いた日。叫びたい位嬉しかった。

外に出てしまえば、エンドレスに続く家事や子育てから物理的に身を離すことができる。たった2時間だったけれど、仕事もこれまでにない位はかどった。

 

 その日の帰り道、私は母と娘にケーキを買って帰った。あー、仕事がうまく片付いた。いいリフレッシュになった。ありがとう!そんな気持ちだった。

 

 しかしいざ家に着いて驚愕した。

家の中はすっちゃかめっちゃか。母は、髪を振り乱して(ショートカットだけど)、やんちゃ盛りの娘が転んで頭を打たないようにと子どもにつききりで面倒をみていた。

私を見た母は「あー!帰ってきてくれてよかったー!」と半泣きになっていた。

 

 ああそうだった。うっかりなぜだか忘れてしまっていた。ワンオペ育児めっちゃ大変なんだった。

「ケーキとか何もいらねーから早く帰ってこいや!」

それが本音ですよね。

街に一歩でただけでそんなことを忘れてしまうなんて……。

 

 サザエさんは大好きだけど、子どもが生まれたばかりで一人で子育てしていた時、波平さんとマスオさんがお土産買って酔っ払って帰ってくるのを見るとザワザワしていた。

「オミヤいらねーから早く帰れや」的な。

 

 今はオミヤ買って帰る気持ちが分かる。

でもその気持ちが分かったことで、とにかくいいから帰ってきて!っていう気持ちを忘れてはいけない。

 

 図らずも波平さんになった日にそんなことを思った。