親しい友人の、目を見張るような、ここ数年の英語の上達ぶりに圧倒されています。
カナダに住む、中国人の友人の話です。
何年も前に最初に会った頃は、まず彼の発音が、あまりにも中国語のアクセントが強いので、ほとんど聞き取れませんでした。聞き返さないといけないか、申し訳ないけど、聞き流して、ところどころ聞き取れた単語を繋げて、こんな感じの意味かなと理解するしかなかったです。それが最初の頃の毎回の会話でした。
英語がネイティブの主人も、彼の英語については、本当に最初は半分以上何を言っているのかさっぱりわからなくて、頭がくらくらしたらしいです。
それが、今では確かにまだ中国語のアクセントはかなり濃く残るものの、英語の表現、語彙、ニュアンス、単語の選び方も絶妙になってきています。そして会話の文章もとてもスムーズで自然なフローです。どんな相手に対しても、自信のある、説得力のある、相手の心を掴む、温かい会話を、英語で作り出しているのです。
何より、彼と話していると、内容が分かるかどうかとか、英語がどれほどきちんとしているかとかよりも、楽しいのです。とても心が和んで、温かく、励まされるのです。
彼の会話の特徴としてわかるのは、自分の表現力や語彙の足りなさに気をとられたり、そういうことにはフォーカスしていません。とにかく、次から次へと、どんなものであれ、相手に関わっていく言葉を出すのです。
彼は、常に相手が何を言おうとしているのかをしっかりとキャッチしようとしています。彼は目の前で話している相手に、興味、関心をいだいて、心を100%その人に向けていることがわかります。彼が心ここに在らずで聞いているとか、相手の言うことを半ば聞き流している、というような雰囲気を感じたことはありません。
そして自分が理解した相手の考えや気持ちに、自分の思うものを、その時に持てるものすべてを持って相手にむかって伝えていっているのです。そこには相手に対しての偽りのない思いやりや、誠実さが溢れているので、話す相手はなんか励まされて、温かい気持ちになるのです。
彼のフォーカスは、いつも相手を理解して、繋がろうとすることで、その心には愛を感じます。話す相手に、自分が持てるなにか良いものを、惜しみなく与えようとしている。自分のことを考えていないのです。
でも彼自身、全然それで無理してストレスを溜めているということでもありません。ひたすら、自分にとらわれず、相手を知ろう、関わろうとしているのです。
そういう心が、どんどん多くの会話の機会へと彼を繋げていき、人と生きた会話を楽しみ、彼自信どんどん英語の表現や語彙、ニュアンス、感覚を吸収していけて、英語に磨きがかかったのだと思います。
とにかく、ありのままの自分でいつつ、自分の足りないものにフォーカスしないで、相手を知ろう学ぼうと心を精一杯向けることが、世界を広げ、自分の第一言語でない英語であっても、ここまで大きく自由に成長するんだなという実証を見る気がしています。