昨今では、オンラインでのショッピングがすっかり幅をきかせてきている時代だけれど、家族から頼まれていたものを、電話をかけて注文をした。
確かに、生身のオペレーターの方が応対してくださっているのだと思うのだけれど(ご自身のお名前もちゃんとおっしゃっていたし)、なんだかとっても気持ちの悪い、というか、気味が悪い感じがした。人間のはずだけれど、人間っぽさが無いのだ。
お客様対応で、スクリプトがあるようで、質問のパターンが、こちらがYesかNoで答えることを半ば強制するかのような、そのどちらかに落とし込めるようなものばかりが、立て板に水のように浴びせかけられる。声のトーンが、会社の方針でそのように教育がなされているのかわからないけれど、まるで人工の音声での対応のように、作り込まれてきている。
はっきり言って「人」と話している感覚がほぼゼロに近かった。このような電話対応と商品の受注処理のプロセスにこれではそもそも人に電話を取らせる意味が無いのではと思える。何を思ってか、その企業は、昨今のトレンド?に合わせて、できるだけコンピューター化されたような要素を感じさせるために、そういう受注の対応の仕方を整理してしまったのか。
またここ数ヶ月、東京のとある老舗のデパートへ出かけた時に、館内を歩いている時に流れてきた放送が、明らかに本当の生身の人間の声ではなくなっていた。
個人的なことを言うと、郷愁めいているかもしれないけれど、老舗デパートに一歩足を踏み入れると、決まって特別な感覚があった。あの一階(最近は別の階になっているところが多いけれど)の化粧品や香水の売り場に満ちた香りで、まず外の忙しい世界とは違う空間に入った感覚があった。何より、そこのカウンターに立つ方々もさることながら、お店を案内してくれたり対応してくれる人たちの卒のないサービスや身のこなし、そして音楽や館内放送の流れるような声に、ここに来てウェルカムされているような気持ちになるものだった。
話を戻すと、その館内放送で流れる日本語も、一つの文章を所々editしたかのような、細かい途切れや、流れの詰まりを感じたり、フローレスに繋がっていない。
どこもかしこも、仕事や事業のオペレーションにテクノロジーを盛り込むことに勢いづいているけれど、このようなテクノロジーは、どんな時も人間が主体であり、人間が好み、望むように使いこなしてこそのものだと思う。決して機械化の流れに人間を合わせていくというのは、本末転倒だと思える。道具のために人間があるのではない、という客観的な視点が失われている。
そのような視点を失わずに、どんどん進化していくテクノロジーを常に主体的に使いこなしていき、最後のタッチアップは自らが手をかけ、仕上がりを決めていく通念ができていたら、一番いいのだろうと思う。