日本を訪れる中国人の中にある、日本人があまり見えない素朴で純真な気持ち <その2> | Olive Twigs

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日本にいても、世界のどこにいても、自分を生きる


前回からの続きです。

ここのところ多くのアジア系の友人たちが東京を訪れていて、色々な日本についての印象やコメントを伝えてくれます。

日本では、特に中国からの旅行者に対して、その振る舞いや行動、マナーなどについて、かなり冷たい視線が注がれているようなのです。確かにそう感じる意味合いも理解できます。一方でそういう日本人が感じる感覚もわかりつつも、同時にもう一方で、私のすぐそばにいつもいる、近しい存在の中国人の友人達が抱いている、日本についてのまっすぐで素朴な気持ちを聞いたりすると、そこにはあまり今の日本人が想像できないような、でも言われてみるとほのかにわかる気もする、まっさらで無垢とも言える純真な心が見えてきます。

前回書いたように、日本と中国の間には千年単位の長い歴史的、文化的な関わりがありました。長きにわたって、日本にとって中国は政治的にも、経済的にも、思想的にも最先端をいきながら国家として成り立って機能している、学びの宝庫でもあり、模範となる国でした。

しかしながら、近代のこのほんの数十年、日本が戦後の荒廃から立ち上がり、高度経済成長期、バブルを謳歌した時代を経て、日本は華やかな成長と豊かさを蓄えた意味では、周辺のアジアの諸国を大幅に抜きん出た存在になりました。

ちょうどそれと時期を同じくして、いわゆる文化大革命とそれにまつわる政治的、思想的な変革が行われました。それによって、知り合いの多くに、家も財産も、場合によっては家族のメンバーさえも失うという辛い年月を過ごしてきたという話を聞きます。

彼らはそのことについてあまり多くは語りません。でも、それまで何千年もに渡り築き上げてきた誇り高きものが、何もかもまっさらになってしまっていました。そんな時代を過ごしながら、ある50代後半の女性は、特に段々と自分で周りに少し出回っているものにアクセスできるようになった大学時代やその後仕事を始めた頃、とっても楽しみだったのは、日本のファッション雑誌を見ることだったと言っていました。

そこは、彼女の目の前のほぼモノクロームにしか見えないような世界と違って、色とりどりに夢のような世界が詰まった、別世界だったようです。多分それはちょうど80年代のバブル期真っ只中の頃のものだったのだろうと思います。

また別の男性も、彼も含めて実際中国人の多くが、日本に対しての純粋な憧れがあったことを、素直になんのためらいもなく話してくれます。

そういう年月を過ごしてきた年代の中国人には、日本というところに対して、どこかとっても純粋にまっすぐに憧れのような親しみを覚えている人が多いのを感じます。

昨今の日本に旅行に来て、たくさんの買い物をして回ったり、あちこちのレストランを食べ歩いたりする中国人の姿に、日本人は呆然としてしまったり、あまりの勢いで日本にあるものを端から買い占めていくような姿にショックを受ける、という話をあちこちで聞きます。

それは、まるでバブル期に日本人がヨーロッパの名の通ったお店で、ショーケースの端から端まですべての品物をとにかく買い占めたような行動を、今中国人が追いかけて行っているのだと、知り合いの中国人もはっきりと言っています。

実際に多くの近しい友人としての彼らの気持ちや感じていることを聞き知ってみると、普通日本人が全然気づいてない、知らないような、日本に対してまっすぐで純粋な想い、昔から夢に描いていたような憧れの世界を見ている人も少なくないのだなと思えます。そういう気持ちを抱えながら、日本に行くことを楽しみに訪れて来ているのもあるのだなと思えると、あちこちの観光地で見る中国人に対しての見方も、個人的に少し変わるような気がします。

海外に出なくてもこうして多くの外国人との接する機会が増える中で、まったく違うバックグラウンドや経験、文化や歴史を持つ人々と、距離を作ってしまうよりもむしろ近しく平和的にいられるかというのは、既に持つ知識や情報や経験からくる見方で見ることを少し横に置いてみて、その人の様子を、自分と同じ人間としてそのまま知ってみようとすることなのかなと思えます。それによってお互いに理解し合えたり、親しみを築ける、その大きい一歩が達成されるのかなと思えたりしています。