主の平安をお祈りいたします。日本オリベットアッセンブリーです。🕊️

 

時代と社会が大きく変化する中、夫婦関係や家庭をめぐる価値観も大きく揺れ動いています。そのような時代だからこそ、聖書が教える「夫婦の一致」と「真の愛の姿」を改めて心に刻むことは、クリスチャン家庭にとって大切な霊的な土台となります。

 

今回の「信仰と家庭コラム」では、48年にわたる結婚生活を歩んできた著者自身の経験を通して、夫と妻がどのように互いを愛し、支え合い、神を中心とした家庭を築いていくことができるのかを綴った、貴重なコラムを翻訳・編集してお届けいたします。

 

「夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自分を献げられたように、妻を愛しなさい」(エペソ人への手紙5章25節)。

 

この御言葉を土台として、素直に謝ること、互いの違いを受け入れること、そして主を家庭の中心にお迎えするへりくだった心。 こうした日々の姿勢が、人生の試練を乗り越え、夫婦の愛と信頼を深めていく力となることが、温かな筆致で綴られています。

 

このコラムを通して、日本オリベットアッセンブリーと、聖徒の皆様お一人おひとりのご家庭に、キリストの愛と深い信頼、そして回復の恵みが豊かに注がれますよう、心を合わせてお祈りいたします。

 

【翻訳記事】私が48年間、幸せな結婚生活を歩んでこられた理由

 

2024年3月14日、ナンシーと私は結婚48周年を迎えます。そして私は心から、この48年間は本当に素晴らしい年月だったと言うことができます。これまで、どれほど多くの試練や困難、失望を経験したとしても、それらは、私たちがともに味わってきた祝福された結びつきの豊かさに比べれば、はるかに小さなものでした。私はこれまで何度も語ってきましたが、救いを別にすれば、ナンシーは神が私に与えてくださった最大の賜物です。

 

もし彼女に結婚について助言を求めるなら、きっとこう答えるでしょう。

「結婚する相手を間違えないことです!」

 

これは、結婚する前に相手を本当によく知り、表面的な魅力や一時的な感情に惑わされないことを意味します。なぜなら、結婚とは生涯にわたる契約だからです。

もし私に夫として結婚について助言を求めるなら、私はパウロの言葉をそのまま繰り返すでしょう。

 

「夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自分を献げられたように、妻を愛しなさい」(エペソ人への手紙5章25節)。

 

妻を第一にしてください。妻の願いや好みを、自分の願いよりも先に考えてください。(私はよく冗談で、「結婚式は花嫁の日。そして、その後はずっと花嫁の人生だ」と言っています!)妻が、自分は愛されていると感じられるようにしてください。

 

妻が主と夫であるあなた自身を完全に拒んでしまっているのでない限り、夫がこの原則に従うなら、必ず良い実を結ぶと私は心から信じています。妻もまた、あなたを愛するようになるでしょう。そして、私たちが神の人として主にあって信頼でき、揺るがない者として歩むなら、妻はそこに安心を見いだすでしょう。

 

外見は変わっていきます。経済状況にも、良い時と悪い時があります。子どもがいるなら、子育てにも順調な時期と困難な時期があるでしょう。友人が増えることもあれば、別れを経験することもあります。人生そのものが、実に移ろいやすいものなのです。

 

しかし夫として、目の前のさまざまな事柄よりも神との関係を第一にし、主の助けをいただきながら、キリストにならって妻を愛することを固く決意するなら、人生のさまざまな浮き沈みを越えて、結婚生活はただ持ちこたえるだけでなく、豊かに成長していくことができると、私は信じています。

 

妻の立場から見て、夫が自分の望むような人ではないと感じることがあったとしても、絶えず批判したり責めたりすることは、決して助けにはなりません。むしろ私は、まず自分自身のために、「ますますイエス様に似た者となれますように」と祈ることを勧めます。そして、同じ祈りを夫のためにもささげてください。

 

もちろん、この助言は妻にも夫にも当てはまります。配偶者のために、美しい祈りをささげましょう。その人が主にあって、どのような者へと変えられていくことができるのかを思い描きながら、言葉にして祈るのです。

 

また、配偶者を他の人と比べないことも大切です。十戒の御言葉を思い起こしてください。

「あなたの隣人の家を欲してはならない。隣人の妻[あるいは夫]、男奴隷、女奴隷、牛、ろば、また隣人のものを何一つ欲してはならない」(出エジプト記20章17節)。

 

ナンシーと私が結婚生活を通して学んできたのは、私たちは互いのために特別に造られた者だということです。彼女は徹底した現実主義者で、ときには物事をすぐに悲観的に捉えてしまうことがあります。一方、私は徹底した楽観主義者で、ときには現実を甘く見てしまうほど楽観的です。だからこそ、私たちは互いに足りないところを補い、バランスを取ることができるのです。

 

彼女には、私の前向きな姿勢と愛の言葉が必要です。私は昼も夜も、彼女への愛情と感謝にあふれた心から、ごく自然にそれを伝えています。そして、私のどんなところを最もありがたいと思っているかと尋ねると、彼女はこう答えます。どのような状態にあっても、どのような姿であっても、私が彼女を無条件に愛していることだ、と。

 

一方で、私には彼女の率直な指摘や助言が必要です。もっとも、いつもそれを快く受け入れられるわけではありません。たとえば、自分の書いた文章について意見を求めたとき、彼女が褒めるどころか容赦なく批評すると、最初は少なからず傷つくこともあります。

 

しかし、そのたびに私は自分にこう言い聞かせます。「意見を求めたのは私だ。そして彼女は、ただ私の文章をより良くしたいと思っているだけなのだ」と。

 

実際、彼女は私が見落としていた重大な欠点に気づくことがよくあります。そして、その点を修正することで、文章は弱さを抱えたままのものではなく、より力強いものへと磨かれていきます。結婚とは、まさにそのようなものです。生涯にわたる聖なるパートナーシップなのです。

 

また、すぐに赦すことも大切です。それは、恨みを抱え続けたり、相手を責めるための材料を積み重ねたりしないということです。健全な結婚において、コミュニケーションは何よりも重要です。

そして、結婚生活をより良いものにするための努力を続けてください。私自身にとっても、これは絶えず必要な課題です。悪い習慣というものは、簡単には変わらないからです。

 

私は、ナンシーが言い訳をとても嫌うことを学びました。しかし彼女が、私のやり残したことや間違いを指摘すると、私の最初の反応は言い訳をすることです。「私のせいではない」と。

 

けれども彼女にとっては、その言い訳のほうが、もともとの問題よりも気になるのです。ところが私が、「あなたの言うとおりだ。もっと気をつけなければならない」と認めた瞬間、状況は大きく変わります。

 

私の最も悪い習慣の一つは、「その場にしっかり存在していないこと」です。つまり、目の前の人や会話ではなく、別のことに心を奪われてしまうのです。体はそこにあっても、心は次の仕事や予定へと走っており、本当の意味でその場にいないのです。

 

それに対して、ナンシーは私が知る中で最も一つのことに集中できる人です。その瞬間の仕事や会話、あるいは目の前の人に対して、ほかのすべてを忘れるほど心を注ぎます。そして彼女が私に求めているのは、ただ一緒にいる時間ではなく、心を向けて共に過ごす時間なのです。

 

ありがたいことに、結婚48年を迎えた今、私は少しずつではありますが、この点でも成長しています。(もちろん、この評価についてナンシーに確認したわけではありませんが、おそらく彼女なら「努力はしているわね」と言うでしょう。)

 

大切なのは、夫婦がお互いを尊び、愛し、思いやるために努めることです。結婚の誓いを守り、私たちが人生を共に歩むと決めた理由を忘れず、何よりも主ご自身を家庭の中心に据え続けることです。

 

互いの前にへりくだり、相手を自分よりも大切にするなら、どのような結婚の危機も乗り越えることができます。そして結婚生活は、ただ続いていくだけではなく、豊かな実を結び、祝福に満ちたものとなるでしょう。

 

この地上において、祝福された結婚ほど尊い賜物はありません。

 

www.christiandaily.com

 

🔗 英語原文はこちら: 

https://faithnfamily.org/how-i-have-48-years-of-happy-marriage/