「なぜ ぼくが…」「なぜ 僕が この人の最期に 立ち会うのだろう なんのつながりも ない人なのに この人だって 生まれた時は 祝福されたはずなのに」ある葬儀屋職員の青年が言う身寄りがない身寄りがあってもかかわらない家族の代わりに手続きを行い火葬場で手をあわせお寺に納骨し”無縁死”年間3万人とてもせつなくなった「生前この人はどのような生き方をしたのだろうか…」わたしの頭のなかを見透かしたように青年は最後にそうつぶやいた日々たいせつに生きましょう