(2021/服部京子訳、
創元推理文庫、2024.1.12)
女子高校生ピップ・フィッツ=アモービ
通称ピッパを主人公とする三部作
『自由研究には向かない殺人』
『優等生は探偵に向かない』
『卒業生には向かない真実』の
前日譚にあたる中編小説です。
『自由研究には向かない殺人』で
高校卒業および大学入学に
必要な資格を得るための
筆記試験と並行して行う
自由研究の課題として
地元で過去に起きたある事件の
再調査というか真相究明に取り組み
みんなに犯人だと目されていた相手の冤罪を
見事に晴らしたピッパですが
本作品はその直前
自由研究の課題がまだ決まらず
悩んでいる最中の出来事
という設定です。
高校卒業および大学入学に
必要な資格を得るための
筆記試験を終えたピッパのもとへ
友人宅で開催される
ゲームの招待状が届きます。
架空の殺人事件の犯人当てゲームで
ゲームの参加者が登場人物に扮して
あてがわれた登場人物として行動し
ゲームの中で起きた事件を解決する
マーダーミステリーというやつです。
ゲームの設定は1924年、
孤島に建つ大富豪の館で
館の主人が何者かに殺されるという
まるでアガサ・クリスティーの書く
小説のような世界になってます。
当初は乗り気ではなかったピッパは
次第に作品世界にのめり込んでいき
最終的に意外な犯人と真相を
推理するのでしたが……。
本書に出てくるゲームの特徴は
最初は演じている各人が
自分の演じている役が犯人かどうか
知らないままに進行するという点。
そのかわり
ところどころで
ゲームのブックレットの通りに
自分の演じることが指示される
というかたちになっています。
ピッパの場合、当初
設定されている事件の謎と並行して
自分の演じている役柄が
なぜそんなふうに振る舞うのか
ということを考えようとしています。
さらには
ガイドブックの指示通りに行なった
自分の反応(振る舞い)に対し
別の人間がそれに
ツッコミを入れてくると
ガイドブックにツッコミを入れるよう
書かれているからなのか
別の人間が役を離れて
素で反応しているのかも
最初のうちは分からない。
そのメタ趣向が面白かったですね。
そして途中で
誰が犯人で誰が犯人でないか
ガイドブックによって
各人だけに明かされ
それに基づき
ゲームが進行していきます。
ピッパが犯人であるかないかによって
ストーリーは微妙に
変化をきたしていくはずで
それはそれで話が複雑になり
面白くなったのではないか
と思いますけど
本作品はピッパが謎を解く
本格ミステリであるということが
邦題からも見当がつきますし
だとすれば
ガイドブックに何と書かれていたかは
予想がつくことでしょう。
ここではあえて記しませんけど。( ̄▽ ̄)
138ページでは
各参加者に渡される
犯人の名前と動機を記すための
ペーパーが掲載されていて
これがいってみれば
「読者への挑戦状」に
なっているわけですね。
犯人役の人には
どういうペーパーが渡されるのか
までは書かれていませんけど
犯人役に渡されるペーパーの内容を
考えてみても面白いかも。
それはともかく
では、それまでのゲームの進行から
きちんと犯人が割り出せるかといえば
そういう作りには実はなっておらず
ピッパは推理を暴走させ
ゲーム制作者が思いもよらなかった
新しい真相を導き出してしまいます。
そこが本作品のキモで
本格ミステリが、ある意味
過剰に発達しているといえる
日本の読者には
たいへんウケるのではなかろうか
と思いました。
少なくとも自分は
大いにウケました。
ただしピッパの推理に
というか
推理のための
手掛かりの選択については
やや疑問がなきにしもあらず。
自分が思いついた真相のために
特定の出来事は
ゲーム内の手がかりとして捉え
別の出来事は無視するということを
恣意的に行なっているようにも
思えたりするのですね。
これ以上は
真相にふれなければ
説明しがたいので
ここでは上記のように
指摘するだけにしておきますけど。
原題の Kill Joy というのは
作中に出てくる
マーダーミステリーの
商品名です。
それを
「受験生は謎解きに向かない」
という邦題にしたのは
シリーズ三部作に
連なる作品であることを
明確にしたかったからでしょう。
より正確には
「受験生は謎解きゲームに向かない」
ということになるのではないか
と思いますけどね。( ̄▽ ̄)
オビ背には
「爽やかな犯人当て小説!」
という惹句が載ってますけど
これは……うーん(苦笑)
ピッパは
ひとつのことにこだわると
周りが見えなくなり
曖昧な点を揺るがせにせず
自分の思い込みを
徹底的に突き詰めるような性格でして
それが三部作の最終作
『卒業生には向かない真実』で
描かれるような悲劇に
つながっていくわけです。
そういうピッパの体質が
本作品でも顕著に現れていて
現代の日本においては
空気を読まない迷惑なやつ
と思われそうなキャラですけど
(イギリスでもそうかもw)
昨今の政治がらみのニュースを見るにつけ
ピッパのような精神は必要かも
と思わないでもないのでした。