『卒業生には向かない真実』

(2021/服部京子訳、

 創元推理文庫、2023.7.14)

 

『自由研究には向かない殺人』

A Good Girl's Guide to Murder(2019)

『優等生は探偵に向かない』

Good Girl, Bad Blood(2020)に続く

3部作の完結編となります。

 

原題は As Good as Dead

「死んだも同然」「どのみち死ぬ」

という意味のようです。

 

 

シリーズ第1作の原題は

女子高校生の

ピッパ・フィッツ=アモービ

(通称ピップ)が

開設(というのかな?)している

ポッドキャストのタイトルです。

 

卒業資格試験とともに

提出しなければいけない

自由研究のテーマとして

かつて自分が住む街で起きた

ハイティーンの殺人事件を取り上げ

犯人と目されていた青年の

冤罪を晴らす調査の経緯を

ポッドキャストとして配信する

という体裁で書かれた作品です。

 

大人向けに書かれたものではなく

ヤング・アダルト向けの作品ですけど

正義は貫徹されねばならない

と考えるピッパの粘り強い調査が

いわゆる大人の鑑賞にも耐える

優れた謎解きものになってました。

 

 

その第一作が好評で

続編が書かれることになり

第三作で一応の決着がつきます。

 

第二作でも第三作でも

第一作の内容が踏まえられ

明かされています。

 

だからネタバレを避けるには

第一作から順番に

読ねばならないわけですけど

第三作では第二作での経験が

ピッパのトラウマになっていて

自分の手が血にまみれている

という神経症に陥っているため

それを理解するためにも

第二作を読んでおかねばならない。

 

それだけでなく

第一作のキャラクターが

第三作では密接に関わってきて

因果応報じゃないですけど

円環が閉じるような

構成になっているので

少なくとも第一作だけは

読んでおいた方がいい。

 

というわけで

いきなり第三作だけを

おススメというわけにもいかず

その上、プロットにも工夫があって

創元推理文庫のフロントページや

カバー裏のあらすじ以上のことは

ちょっと書けない。

 

でも書かないと

小説としてもミステリとしても

読みどころを伝えられない

という難儀な作品なのでした。

 

 

自分は第一作、第二作

ともに読んでますけど

内容の方は漠然としか

覚えていません。(^^ゞ

 

それでも既読ということで

ネタバレの心配だけはせずに

すみましたけど

ピップの心理を

理解できているかといえば

ちょっと怪しいかも知れず。

 

 

ピップは

正義と真実にこだわる性格で

それはいいんですが

瞬間湯沸器のように

怒りに囚われることが多く

往々にして独走し

敵を作ることが多い

という印象があります。

 

(その代わり

 ひとたび友人になると

 心のつながりは深いものに

 なるわけですけど)

 

ピップが若いために

いわゆる大人から

まともに扱われないこともあり

そのために意地になってしまうことも

しばしば。

 

それはピップの

若さを表わしている一方で

未熟さを表わしてもいて

そのために傷つくことも

たびたびあります。

 

 

そうしたピップのキャラクターに

ついていけるかどうかが

本シリーズや本作品を

面白く思えるかどうかのキモです。

 

本作品は

今までの作品の中で

最もダウナーな感じになっていて

ちょっとウザく思うところも

なきにしもあらずというのが

個人的には正直なところだったり。

 

 

そうしたピップを支えるのが

家族であり友人であり

恋人であるわけですけど

(ここらへんは海外ミステリあるある)

本作品では恋人以外には

自分に起きたことを

黙っているしかない状況に

みずからの選択で陥ります。

 

いわゆる名探偵であれば

避けることができない状況だと

いえなくもないわけですけど

大学入学を控えた

ハイティーンの学生を

ここまで厳しい状況に置くのか

とも思わずにはいられません。

 

それが本作品を

若者の呑気な探偵ものから

一線を引くことにも

与っているわけですけど。

 

 

ところで

巻末に付せられた

作者による謝辞の最後に

以下のように書かれています。

 

 実際の犯罪に強い影響を受けたシリーズを書きおえて、わたしたちを失望させる刑事司法制度やその周辺の実態についてひと言も述べずに終わらせるのは、わたしとしてはどこか不自然に思える。この国でのレイプや性的暴行の統計、および通報件数や有罪判決のきわめて低い率を目の当たりにすると、どうしようもない絶望感にさいなまれる。なにかが間違っている。わたしはこのトリロジーが自分のかわりにそういったことを語ってくれていることを期待する。はっきり申しあげておくと、この物語のある部分はみずからの怒りが源になっている。わたし自身が被害を受けたのに信じてもらえなかったという個人的な怒りと、ときおり正しくないと感じられる司法制度に対する怒りの両方が。(pp.670-671)

 

念のために書いておくと

トリロジーというのは

三部作という意味です。

 

また

レイプや性的暴行だけではなく

殺人事件の捜査についても

刑事司法制度への失望を

感じているのではないか

と個人的には推察しています。

 

それは本書における

連続殺人犯の捜査で

冤罪を生むありようについて

書いているいるのを読めば

分かるのではないかと思います。

 

 

文庫巻末で解説者は

上に引いた作者の言葉を受けて

 

本作におけるピップの行為に対しては

賛否あるかもしれないものの、

作者はあえて主人公に

その役目を負わせたのである。

(pp.679-680)

 

と書いています。

 

これに付け加えるなら

ピップの行為の賛否を云々するよりも

ハイティーンの少女を

ここまで「暴走」させてしまう

社会のあり方を考えるべきではないか

というところでしょうか。

 

と同時に

ヤング・アダルト小説で

ハイティーンの少女を

ここまで容赦なく追い詰める

作者の姿勢には

驚きを禁じ得ない

というところもあります。

 

 

エンターテインメントとして読むなら

ピップに拍手喝采(あるいは糾弾)して

済ませられるんでしょうが

そう簡単には済まさせないという

作者の強い意志を

感じられなくもありません。

 

と同時に

社会が悪い

と単純にいうのでもなく

ピップの行為の賛否を

ナイーヴに云々せず

矛盾や不合理を抱えたまま

矛盾や不合理に向き合う

という面倒なことが

読者に求められているのではないか

と思わずにはいられません。

 

そして

その際のスタンスとしては

怒りを忘れるな

というのが

作者のメッセージかなあ

とも考えたり。

 

その意味で

社会や社会悪に対して

怒るのが苦手な日本人には

なかなかハードな小説ではないか

と思ったりした次第です。

 

急いで書いておくと

怒るというのは

ただ糾弾したり

批判したりすることではない

と考えています、念のため。