『危険な蒸気船オリエント号』

(2021/高橋恭美子訳、創元推理文庫、2022.12.9)

 

アガサ・クリスティーの

愛読者が集まった

マーダー・ミステリ・ブッククラブ

という読書サークルが登場する

シリーズの第2弾です。

 

去年出たシリーズ第1弾

『マーダー・ミステリ・ブッククラブ』

(2021)もいちおう読んでますけど

プロットがそこそこ練られていて

面白かった印象があるので

手に取りました。

 

 

今回、ブッククラブの面々は

イギリスからニュージーランドに向かう

豪華客船オリエント号のクルーズツアーに

オーストラリアのシドニーから

ニュージーランドのオークランドまでの区間

参加することになります。

 

オリエント号は

19世紀末から20世紀初頭にかけて

実在した蒸気船を複製した客船ですが

もちろん実際は蒸気船ではなく

現代的な客船です。

 

その航海中

乗客の不審死や

不審な転落を起こす

という事件が起きますが

船医として乗り込んでいた

ブッククラブの仲間は

勝手に調査を始めないよう

釘を刺してくる。

 

そんなことには耳を貸さず

調査を始め出すと

意外な状況が判明して……

というお話。

 

 

船上ミステリといわれて

すぐに思い出すのは

クリスティーなら

『ナイルに死す』(1937)でしょう。

 

その他、思い出せる範囲だと

Q・パトリックの『死を招く航海』(1933)

ディクスン・カーの『盲目の理髪師』(1934)

ピーター・ラヴゼイ『偽のデュー警部』(1982)

日本だと結城昌治の『魚たちと眠れ』(1972)

若竹七海の『海神の晩餐』(1997)

若竹作品同様ジャック・フットレルが出てくる

マックス・アラン・コリンズの

『タイタニック号の殺人』(1999)

今世紀に入ってからは

セバスチャン・フィツェック

『乗客ナンバー23の消失』(2014)

スチュアート・タートン

『名探偵と海の悪魔』(2020)などがあり

作例にこと欠きません。

 

『危険な蒸気船オリエント号』は

それらの系譜に連なるわけです。

 

 

そういう興味で読んでもいいですし

ブッククラブの面々が調査する

集団素人探偵ものとして読んでも

楽しめるかと思います。

 

事件について

あれこれディスカッションするのが

読みどころのひとつで

ディスカッションといっても

思いつきの羅列に過ぎませんけど

コージー・ミステリでよくある

女性主人公の独りよがりな推理よりは

よっぽど楽しめます。

 

 

集団探偵ものとはいえ

主人公にあたるのは

ブッククラブの主宰者である女性で

ブッククラブのメンバーでもある

男性医師と彼女との

ロマンスの要素もあるあたり

いかにもコージー・ミステリという感じ。

 

それでも前作は

アメリカ産のコージー・ミステリとは違い

プロットの面白さで読ませましたが

今回はちょっと……という感じ。

 

 

船内の宝石泥棒の正体は

ある伏線から見当がついたので

自分で謎が解けると

優越感に浸れるからか

ついつい評価が甘くなりますけど

(伏線がちゃんと貼られている

 ということになりますから

 評価しても悪くはないわけですが)

気になる点がひとつ。

 

車椅子に乗った女性の死体が

ジムのエアロバイクに

乗せられていたのはなぜか

という謎は

魅力的だと思うんですけど

その解決を

曖昧に済ませているんですよね。

 

「あの気の毒な女性が

 エアロバイクの上に置かれていたのは

 どういうわけだ?」(p.337)

と登場人物の一人に

言わせているにもかかわらず

「尋問すればわかるだろう」(p.338)

と刑事に答えさせていて

それはないだろうと思いました。

 

最初の発言者は

こういうわけなのか?

と自分の解釈を言って

詰め寄っているので

作者はそれを

正解にしたいのかもしれません。

 

だったら

発言者の解釈通りだと

保証を与えてほしかったし

その上でさらに

なぜ犯人はそのように考えたのか

という説明があると、なおいい。

 

謎解きミステリとしたら

その説明がキモになるはずで

魅力的な謎だっただけに

惜しいと思わずには

いられないのでした。

 

船から落ちた船客の

空白の4時間30分については

なかなかスマートに

解決していたこともあって

なおさら惜しまれます。

 

 

作者は

パプアニューギニア生まれで

オーストラリア在住の

ジャーナリスト。

 

本作品以外にも

多くのシリーズを持っているので

手軽なところで妥協したのか

と思ってしまうのは

ちょっと意地悪かしらん。( ̄▽ ̄)